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愉快な中村一家
今日は久々の焼肉バイキング――中村一家はウキウキしながら予約したテーブル席へと座った。
置いてあるセルフオーダーのタブレットを手に取り、おのおの好きな品を選んで注文する。『早く食べたいね』と言いながら、四人は料理が来るのを今か今かと待ち望んだ。
数分後――店員の『お待たせしました』の声と同時に、料理が運ばれてきた。
母の恭子は大きい皿を受け取ると、すぐさまトングを掴み、慣れた手つきで、火がついてる網の上に肉を広げた。
焼き肉の香ばしい匂いが辺りに立ち込め、気分は最高潮に達している。
一家の主である俊郎は、真っ先にジョッキに手を付け、生ビールをゴクゴクと一気に飲み干した。
「うんめー!生き返るわぁ」
よほど美味しかったのか、唇に泡をつけたまま感激している。
「ちょっとあなた、退院したばっかりなんだから飲み過ぎないでよ。あと、ビールは別料金だから」
恭子は子どもを叱るような声で夫を諭す。
「いいじゃん、全部お父さんの奢りなんだからさ。それより早く肉食べたーい」
娘の好美は落ち着きなく身体を左右に揺らしている。
「そーいや姉ちゃん最近までダイエットしてたもんね。調子はどう? あんまり変わってないけど」
息子の隆志はにやりと笑う。好美は隆志を睨み、憎たらしそうに脇腹を小突いた。
「うっさいわ。今日はお祝いだからいいの! そういう隆志も、期末テストどうだったのさ」
好美がじりじりと隆志に詰め寄り、嫌味っぽく呟いた。
「え? ぶっちゃけそんなに苦戦しなかったよ。でも終わってスッキリした。勉強以外は禁止されてたしね。今夜はひたすらゲーム三昧だよ」
煽られてもそこまで気にしていないようだ。好美は悔しそうに視線を逸らした。
「うんうん、ダイエット大変だったな好美。父さんも病院食が健康的すぎてつらかったよ……今日は美味しいものいっぱい食べような」
俊郎はタレが入った小皿に焼いた肉を入れた。好美は笑顔で箸を伸ばし早々とカルビを頬張った。
「めちゃくちゃおいしー」
幸せなそうな顔をしながら、うっとりと天井を見上げている。今にも昇天しそうな勢いだ。
「俺も食う」
隆志も網からすくった肉をごはんの上にのせ、勢いよく掻き込んだ。大人ぶってはいるが、こういうところはまだまだ子どもだ。
子どもたちの満足そうな様子に、恭子はふいに笑みをこぼす。
「そういえばね、見たいと思ってたドラマがやっとサブスク解禁されたのよ」
恭子は携帯の画面をみんなに見せた。そこには最近ブレイクしている人気俳優の主演ドラマの番宣画像が写っている。
俊郎と隆志の反応は薄かったが、好美は驚きながら目を見開いた。どうやら好美もお気に入りの俳優らしい。帰ったら一緒に見ようね、と母子で手を重ねてはしゃいでいる。
俊郎は飲酒、恭子はドラマのサブスク、好美はダイエット、隆志はゲーム――一家四人はそれぞれ、心の解放を喜んだ。
「なるほど……今日は家族全員がハッピー解禁日だな! めでたいめでたい!」
家族四人は口を大きく開けてワハハと豪快に笑った。愉快な反面、騒がしい声が店内で響き渡る。他の客の視線が中村一家に集中した。
『他のお客様もいるのでお静かに』と店員にやんわり注意されると、俊郎は『すみません』と恥ずかしそうに頭を掻いた。
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