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海辺の町 スクロディ
小さなトランク1つを手に、灰色のプラットホームに降りる。俺の背後で、半透明の走車管に開いた扉が静かに塞がった。
ピリリリリ……
無機質なデジタル音が短く響き、走車管の中をオレンジ色の車両が滑らかに流れ去った。宙港のある星都から、およそ半日もかかる田舎町を訪れる者は俺の他になく、宙港駅で同じ車両に乗り合わせた観光客達は皆、5つ前のリゾート地で降りてしまった。そこから先は人工物の姿が疎らになり、幾つかの山間を縫い、渓谷を越え、やがて乾燥した丘陵地帯を抜けた。車窓の崖下に、広い海原が現れるまでは流石に心許なかった。いや、それは今も――。
自動改札を通り、両開きの駅舎の扉を潜って、ようやく人工物の外に立つ。靴底が微かに沈む、土の感触が新鮮だ。
「ああ……これが」
吹き抜けた風に塩辛い匂いが混じる。ここから見ることの出来ない海が、存在を主張している。
1つ深く息を吐き、上着のポケットから取り出した白いキャスケット帽を被る。雲のない空からは、穏やかだが確実に日差しが降り注いでいる。俺は、目の前に伸びている一本道を見据えると、小さく頷いて踏み出した。
カララ……ン
「営業中」の木札のかかった琥珀色のドアを押すと、上部で鈍色の鐘が震え、ノスタルジックな音を立てた。冷涼な空気が溢れ出し、汗ばんだ額を蠱惑的に舐める。
「まぁ、いらっしゃいませ」
店の奥から、ややハスキーな女の声が迎えてくれた。ゆっくりと時を刻んで色づいた飴色の木材が、床にも壁にも贅沢に使われており、声の主――女店主の前に横たわる長いカウンターにも同じ色合いの天板が用いられている。
「いいですか」
カウンターに6つ並んだ椅子の1つを示すと、彼女はクスリと唇で弧を描いた。
「もちろん。なににします?」
「オススメは?」
キャスケット帽を脱いで、上着のポケットに押し込む。ハンカチで汗を押さえていると、真白なおしぼりが差し出された。
「ザクロソーダなんか、いかがですか」
「じゃあ、それを」
「畏まりました」
頷くと、氷が1つ入ったミネラルウォーターのグラスを俺の前に置いて、彼女はカウンターの裏に消えた。
早速、グラスの中身を一気に流し込めば、渇いた喉が鳴る。一息吐いて、改めて店内を見渡す。高い天井の中央でシーリングファンがゆったりと回り、窓辺に置かれた植物の細い葉先をユルユル揺らしている。昼には遅く、夜には早い。中途半端な時間帯のせいなのか、30席ほどの店内に客は俺ひとりだ。
「どうぞ」
コルクコースターの上に、背の高いタンブラーが置かれる。氷を浮かべたガーネットレッドの鮮やかな液体の表面で、細かな気泡が陽気なハミングを奏でている。
「ありがとう。綺麗な色ですね」
果物特有の爽やかな甘酸っぱさと、炭酸が弾ける感触が心地良い。
「坂道、きつかったでしょう?」
栗毛色の長髪を緩く束ねた女店主は、翡翠色の瞳を細める。俺より年上に見えるが、恐らくは同年代だ。若くはないけれど、老けるというにはまだ早い。
「ははは……少しね」
控え目に答えたが、正直、かなり堪えた。駅からの一本道は、なだらかな上り坂がしばらく続いたのち、突然15度を超える急勾配に変わり、右に左に蛇行した。ただでさえ辺鄙な田舎町なのに、こんな高台に果たして客は足を運ぶのだろうか。儲けを出す商売を営むつもりなら、決して選択しない立地だが。
「お客さん、観光ですか?」
「え? ああ……いや」
曖昧に答えて、ソーダ水に口を付ける。俺が遥々、ここに来た目的は――。
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