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タルパス攻防戦
『アパリエ軍発見。ポイントSより南西2kmを南下中、指揮官はイバロ将軍』
重装備の敵軍が、約1km先の渓谷を縫うように行軍している。その数、2万はくだらない。敵将は知略に富んだ歴戦の猛者だ。我が軍も随分苦しめられてきた。
『了解。合流点で待て』
耳の奥に、片割れの声が流れる。俺が視た情報は、無事に味方の参謀本部まで届いたようだ。
『了解。離脱する』
カールとの思念交信を終え、地上30mの崖から張り出した太い幹を駆け下りる。
今宵、新月の内に敵軍が動くことは予測していた。しかし、我が軍のどこを狙うのか、ヤツらが向かう目的地によって友軍の作戦も命運も変わる。
だからこそ、敵地深部への単独潜入が必要になり、俺達に出番が回ってきたのだ。
「――!」
後頭部に、強い視線を感じた。猛禽類が藪の中の獲物を捕らえた瞬間のような、明確な殺気を伴う眼力に貫かれ、岩場を下る足が固まる。まさか――敵軍とは、まだ2km近く離れている。確実な安全圏から視た筈なのに。
ビリビリと電流を全身に通されていく不快感に総毛立つ。それでも、確かめずにはいられなくて、振り向いた。辺りは当然のように深い闇。
『そこか! 見つけたぞ』
闇の奥から――物理的な距離を超え、俺を視据える双眸が視える。くっきりとした二重の下に光るオニキスの瞳。彫りの深い顔立ちに頰の傷。敵将、イバロに間違いない。
まさか――ヤツも能力者だったのか?
『ネズミめ、逃さん!』
動けない。足元から絡みついた透明な鎖に、全身を締め上げられていくようだ。息が詰まり、気が遠くなる。
『ポール! ポール、逃げろ! イバロも“遠視”使いらしい――』
悲鳴にも似たカールの声が耳の奥に届いたが、強風のようなノイズに掻き消されて小さくなる。しくじった……ああ、すまない、カール。
俺は、人並み外れた身体能力と、数km先を見透せる“遠視”の能力を持って生まれた。一方、双子の兄は、生まれつき両足が不自由だったが、数百kmという驚異的な範囲で俺とだけ“思念交信”が出来、俺が得た感覚を共有出来た。
4歳の秋、俺は父親と隣町の祭りに出かけた。まだ5km近く手前なのに祭りの光景が“視えた”俺は興奮し、120km以上離れた家にいる兄に“思念で伝えた”。喜んだ兄は、祭りの様子を細部まで正確に描いて、母親にみせた。なにも知らない無邪気な行為は、周囲を怯えさせるのに充分で、両親は軍の特殊能力研究所に相談した。程なく白衣を着た研究者と軍人が訪ねてきて、俺達を買い上げていった。以来、実験という名の訓練が繰り返され、やがて最前線に送られた。能動的な“目”として敵地深部に潜入する俺と、まるで実況するように俺からの情報を正確に伝える兄。俺達は幾度も英雄並みの活躍をしたが、あくまでも優秀な秘密兵器扱いで――軍の中でも存在は秘匿されていた。
死ぬことに恐怖はない。ただ悔やまれるのは、カールを独り遺すことだ。送信機を無くした受信機を、軍はどう扱うつもりだろうか。
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