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 数十人いたはずの妃たちは姿を消し、最後に残った陶妃までも後宮を出る準備をしている。 「陶妃様、これは一体どういうことでしょうか?」 「……え? まさか翠蘭、まだ気付いていないの?」  陶妃によると、どうやら我らが皇帝・楊令賢(よう れいけん)は、二年かけて後宮妃たちを夜な夜な説得し、一人ずつ嫁ぎ先を決めては後宮から送り出していたのだと言う。  宰相の娘で顔が広い陶妃には、彼女たちの嫁ぎ先を手配する役目が言い渡された。  令賢(れいけん)にこれでもかというほど働かされ、蝉の抜け殻を集める指揮をとり。  ほとほと呆れ果てた陶妃は今、解放感でいっぱいらしい。 「せっかく後宮妃が全部掃けたんだから、私も今のうちに後宮を出るわ。翠蘭、後は頼んだわよ」 「え? 私一人だけ残されるんですか?」 「翠蘭。いい加減、陛下のお気持ちに気付いて差し上げて? 貴女が何の不安もなく陛下のことを受け入れられるよう、二年もかけて後宮妃を全員説得して送り出した陛下のお気持ちに」 「でも……あの日、陶妃様の(へや)に陛下がいらっしゃったのは何故ですか? 私はてっきり陛下が陶妃様の元で朝まで過ごされたんだと思って……」 「何を言っているのよ! 陛下は、やっと貴女が自分の気持ちを受け入れてくれたと言って、私に喜び勇んで報告にいらしただけよ。それなのに貴女はあの時と何と言った? 後宮を出たいって言ったのよ!」 「そんな……」  確かにあの日の前夜、令賢(れいけん)は私の部屋を訪れた。  陶妃に「他の妃が陛下の寵愛を受けることをお許し下さい」と言うつもりだと、私は陛下に報告したはずだ。 (って言うのを、私のことだと勘違いしたのかしら……?)  本当に面倒な男だ。女心は分かっていないし、言葉足らずでろくに気持ちも伝わってこない。 (それは私も同じか……こんな面倒な幼馴染、本当なら嫌われてしかるべきだもの)  もし令賢(れいけん)が私のことを想ってくれているのなら、私は色々と彼に謝りたい。知らず知らずのうちに、彼をたくさん傷付けていたと思う。  それに、陶妃を含めて全員が後宮を出たということは、令賢(れいけん)は結局のところ誰にも手を出していなかったということ。愛されないのは私だけ、なんて卑屈な気持ちでいたのが恥ずかしい。 「陶妃様、ありがとうございました。でも私のために、本当にいいんですか? 後宮を出てしまって……」 「とんでもない! すぐにでも出て行きたいわ。これ以上、陛下の下僕として強制労働をさせられるのも、採りたくもない蝉の抜け殻を一日中探し回るのも、もうまっぴら。あれからと言うもの、毎晩夢に蝉が出てきてうなされるの。多分他の妃も皆同じ気持ちだったと思うわ」 「それは……なんかすみません」 「貴女のせいじゃないわ。陛下と蝉のせいよ。最後まで後宮を出るのを渋ってた妃たちも蝉採りのせいで逃げ出したんだから、結果的に良かったのかもね。それじゃあ頑張って。貴女が早く跡継ぎを生まないと、また新たな犠牲者が出るんだからね」
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