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二
「翠蘭様。皇帝陛下がいらっしゃいました」
バタバタと足音をさせて入ってきたのは、見慣れた顔の悪友・楊令賢だ。令賢は私の隣に座ると、開口一番恋愛相談を始めた。
「翠蘭!」
「……はいはい。今日は誰の件?」
「寧妃が後宮を出たいと言い始めた」
「あら、今度は寧妃に手を出そうとしたの? 彼女は芙蓉の花が好きだと教えたでしょう? ちゃんと花を持って訪ねたの?」
「翠蘭の言う通りにしたよ。しかし、寧妃は故郷に想い人がいるらしい。その男の元に嫁ぎたいから後宮から出してくれと」
「それで了承したの?」
「……した」
「はぁぁ……」
この国では、一度後宮に入った妃は皇帝が代替わりするまで一歩も外に出られないことになっていた。この男は何百年も続いたその伝統を、即位するや否や一瞬で変えてしまったのだ。
「皇帝のお手付きになっていなければ後宮を出ても良い、なんて決まりを貴方が作るからよ!」
「何を言うんだ、翠蘭。いくら相手が皇帝とは言え、好いてもない男の妻になるのは可哀そうだと思わないのか?」
「そ、それはそうだけど……。でもそう言う問題? 貴方はこの国の皇帝よ。必要でしょ、跡継ぎが!」
令賢が皇帝に即位してからのこの二年で、後宮から去った妃は数知れない。
細くて小さくて頼りなかった昔の令賢とは違い、もうすぐ二十歳を迎える彼はそこそこの美丈夫だ。妃たちからそこまで嫌われる理由もないはずなのに。
「まあ、故郷に想い人がいると言うなら、確かに令賢の妻になるのは可哀そうだわ」
「だろう? それに俺だって、心から俺のことを好いて大切にしてくれる女人を妻にしたい」
「……それもそうよね。貴方の気持ちも分かる」
夕餉の毒見をして令賢に皿を渡したが、令賢は食べずにそのまま皿を卓に置いた。
「俺のことは、可哀そうだと思わないのか?」
「貴方のこと?」
(まあ……次々に色んな妃にフラれて可哀そうと言えば可哀そうだけど)
この男は一体何が言いたいのだろう。
可哀そうなのはこっちの方だ。
十二歳で嫁いで誰よりも長い時間を一緒に過ごしたのに、私にだけは令賢の愛情は向けてもらえない。いつもこうして他の妃との恋愛話を当てつけのように聞かされるだけだ。
いっそのこと、私も後宮を出たいと伝えてみようか。
私だって皇帝の手なんて一度だって付いていない。令賢が了承さえしてくれれば、ここを出られるはずだ。
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