257人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
八
夕方になって、涼しい風が吹き始めた。
いつの間にこんなところに連れて来られたのだろうか。
私と令賢は今、幼い頃によく登った木の上に並んで座っている。
子供の頃はこの場所も、空に届くのではというほど高いと思っていた。しかし大人になってみれば大したことはない。令賢の背丈よりも少し低い程度だ。
「ねえ、令賢。一体どういうことなの? 何故陶妃様の房に隠れてたのよ」
「……」
「黙るなんて酷いわ。茶碗を落として割ったのも貴方なの?」
「……酷いのは翠蘭の方じゃないか」
「何故私が酷いのよ」
令賢は私と目を合わせることなく、山の端に日が沈んでいくのをじっと見ていた。
「後宮を出るつもりとは、どういうことだ?」
「あ、そのこと……。ごめんなさい、貴方より先に陶妃様に伝えたのは悪かったわ。でも私は本気よ。この三日間で貴方のことを好きだと言ってくれる妃を見つけ出すつもりだったの」
「そんな妃、一人もいなかっただろう」
「……確かにいなかったけど」
いつも私には飾ることなく本心を話してくれていたと思っていたのに、今の令賢の気持ちはさっぱり分からない。
すっきりしない気持ちのまま、私も令賢と同じ夕日を見つめた。
「後宮を出てどうするつもりだ?」
「海を見てみたいと思ってる。何となく、お父様がそこにいる気がするの」
「そんなの、わざわざ後宮を出なくたって連れて行ってやる」
「それじゃ意味ないわよ。せっかく諦めがついたのに……」
「何の諦め?」
――しまった。
私は思わず下を向く。すると、令賢が妙に大きな巾着のような袋を持っていることに気が付いた。
「ねえ、それ何?」
「これは……翠蘭が後宮を去ると言うなら必要ないものだ」
「何よ、気になる」
「知らん」
令賢はそう言うと、巾着を持ったまま地面にひょいと飛び降りた。私も降りようとするが、衣が邪魔になって上手く降りられない。
慌てる私の方に向かって、令賢が両腕を伸ばして来た。
「何?」
「降りられぬのだろう? 来い」
「嫌よ。重くて令賢が潰れちゃう」
「いいから」
令賢は私の衣の端を掴んで、くいっと引っ張った。体勢を崩した私は、令賢の腕の仲にすっぽりと落ちてしまった。
幼い頃は、怖がって木から降りられなくなっていたのは令賢の方だったのに。いつの間にか太くて逞しくなった腕に支えられ、私は理由もなく泣いた。
最初のコメントを投稿しよう!