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九
「翠蘭。なぜ泣くんだ」
「だって、何だか悔しいんだもの。令賢だけがどんどん大きくなって皇帝になって、こんなにたくさんの妃がいて。私だけが置いて行かれてる気持ちなの!」
「そんなことはない。翠蘭だって……」
「今日のことだって、きっと私の知らないところで令賢と陶妃様が何か示し合わせていたんでしょう? 私一人だけ、貴方のことばかり考えて馬鹿みたいよ」
私は足をバタバタさせて令賢の腕から降り、先ほどみつけた巾着を奪い取った。小走りで令賢から離れ、彼を睨みつけながら巾着を思い切り開く。
「ぎゃっ! 何これ!」
「……蝉、好きなんじゃないのか? この前じっと蝉を見ていたから」
「別に蝉が好きなわけじゃないわ。空も月も見ることなく死んでいく蝉のことが可哀そうだって思って見ていただけで……」
令賢の巾着の中には、驚くほど大量の蝉の抜け殻が入っていた。いつ、誰が、こんなにもたくさん集めたのだろう。
「ねえ、令賢。これは誰が集めたの?」
「翠蘭に贈ろうと思って、後宮中の妃に集めさせた」
「ええっ?! 貴方、一体後宮妃を何だと思ってるの? それじゃあみんなにフラれて当然よ。女心が本当に分かってないのね」
「……そうだな。俺は女心が全然分からん。これからも翠蘭が俺に色々教えてくれないと。だから、後宮を出て行くなんて言わないでくれ。俺のことばかり考えてくれているなら尚更だ」
令賢が目の前に立ち、私の涙を指で拭う。
私よりも随分と背が高くなった令賢の顔を見つめていると、彼の顔の向こう側に美しい月が昇っていた。
仮にも妃に対して大量の蝉の抜け殻を贈って来るようなおかしな男を、他の妃に押し付けようなんて思った自分が馬鹿だったのかもしれない。
後宮中の妃に嫌われた令賢を置いて私が後宮を去ったら、それこそ跡継ぎどころか、この国の危機だ。
陶妃とのことも、私を愛してくれないことも、蝉の抜け殻を見ていると力が抜けてどうでも良くなってきた。
「仕方ないわね。私がもうしばらくここに残って、貴方に女心とはどういうものか教えてあげる」
「翠蘭……ありがとう。今度二人で海を見に行こう。翠蘭の父君が亡くなった北部の治水工事が終わったんだ。視察がてら、船に乗って海まで出よう」
「本当? 約束よ」
「その代わりと言っては何だが」
「何?」
「俺の願いも叶えてくれる?」
「令賢の願いって何よ」
「この前伝えただろう」
「……え? 何だっけ?」
すっかり暗くなった後宮の中を、私たちは子供の時以来久しぶりに、手を繋いで歩いた。
――それから数か月。
私の気付かない間に、いつの間にか後宮は空っぽになっていた。
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