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「蝉はこうして、腹を上に向けて死ぬのね」  中庭にある松の木の下で、私はしゃがみ込んで蝉の骸を指でつついた。 「翠蘭(すいらん)様。そろそろ皇帝陛下がいらっしゃる頃ですので、早く中へ」 「……ねえ、冬月(とうげつ)。こうして腹を上に向けていては、死ぬ間際に見えるのは地面だけ。綺麗な空も美しい月も、蝉のことを見送ってくれないんだわ。可哀そう」 「私の話、聞いてました? 早く中にお戻りくださいよぉ」  私の腕を引いて殿舎の中に連れ戻そうとしているのは、侍女の冬月(とうげつ)だ。もうかれこれ六年ほど、ここ夏耀殿(かようでん)で私の世話をしてくれている。  十二歳で皇太子――現在の皇帝陛下・楊令賢(よう れいけん)に嫁いだ私の皇宮での暮らしは、既に七年目。表向きは(きさき)でも、実態は彼の幼馴染だ。  皇宮の内院(なかにわ)で一緒に虫を捕まえたり、二人でこっそり厨房に忍び込んで菓子を盗んだり。一緒に木登りをしたこともあったっけ。  怖くて木から降りられなくなった令賢(れいけん)のことを私が笑い過ぎて、一月も口を聞かないほどに喧嘩したこともあった。  私たちは夫婦と言うより、悪友。  私などいなくても令賢(れいけん)の後宮には何十人も美しい妃が暮らしていて、彼は毎晩とっかえひっかえ色んな妃の元を訪ねている。  そんな令賢(れいけん)がわざわざ私の所を訪ねてくる理由は、ただ一つ。  彼は私に、他の妃とのをしたいだけなのだ。
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