迷宮の掃除屋

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 迷宮の中で争い、または罠にかかって死んで行った魔物や人間、亜人間たちの(むくろ)を知覚すると、自然にそちらへ身体が引き寄せられるように動き出す。生体にはなんら反応もしない。  わずかな自我は、生命の()が消え去った(おぞ)ましい物体には近づきたくはなかった。しかし、本能の赴くまま、身体がそれを欲していた。  ゆっくりと骸に覆い被さり、食にありつく(よろこ)びに打ち震えながら、これまた長い時間をかけて、ゆっくりと()かし、その身に収めていく。  そのたびに、骸に残留していた魂の記憶が流れ込んで来た。この記憶を取り込む瞬間、骸への悍ましさは薄れ、甘美な充足感に満たされるのだ。その魂が刻んだ思考や感情が多ければ多いほど、得られる充足感は大きい。中でも骸となる直前、生命が絶たれることを知覚したその瞬間の『絶望』は、格別だった。  魂の記憶を己が(うち)へ引き込むたびに、その骸が生まれ、死に絶えるまでの全ての思念が自身の身体に染み込んで行く。どれも等しく身体に染み渡り、そしてどれも全く異なる味わいがあり、飽き尽きることはない。  様々な思念に染まって行く生物は、見た目からは(うかが)い知れない多数の思念と知識の坩堝(るつぼ)。長い年月を()たそれは全ての生物を凌駕する、叡智(えいち)(かたまり)だった。  この生物がいる限りに()いては迷宮内に腐臭が充満することなく、(ほこり)(ちり)も残らず、整然さを失うことがなかった。
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