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この日の夜、私は小さなアパートに向かった。ここは私が一人で住んでいる家だ。
私は家に着き、鍵を閉めるとその場に泣き崩れた。
「本当に、本当に大好きだった…あなたを、修二を心から愛していた…」
そう言い、天井に目をやった。
「もし、もし本当に私が高校生だったら、ただの友達だったら、恋人だったら、こんなに苦しくなかったのに…」
私はゆっくり立ち上がると、机の引き出しを開けて一枚の写真を取り出した。そこには、若い頃の晴果と、一人の男性と、幼き頃の修二が写っていた。
「修二…」
ーーーーこれはもう十年以上も前の話。
晴果と修二の父、弘信は結婚していた。
二人はとても幸せな生活を送っていた。そんなある日、晴果の妊娠が発覚し、その後元気な男の子が生まれた。その子どもには修二という名がつけられた。
三人での日々は毎日楽しく、いつも笑顔にあふれていた。
しかし、ある日事件は起こった。
普段は決して修二から目を離さない晴果だったが、この日は急なめまいに襲われてその場にしゃがみ込んでしまった。最近、幼稚園の発表会用の衣装作りで、寝不足が続いていたことが原因だろう。
しばらく経ち、靄がかかったみたいに真っ白になった視界が開けてきた頃には、修二の姿はどこにもなかった。
「修二…!?」
晴果は慌てて立ち上がり、周りを見渡す。まだ視界がぼやけて修二の姿が見つけられない。修二に何かあったらどうしよう。そう思っていると
「ママー!」
という修二の声が聞こえた。晴果は慌てて声がする方に向かった。すると、そこには修二と一緒に一人の男性がいた。はっきりは見えなかったが、彼は修二の手を引いていた。
「ママ!怖かったよ!ママ、あのね、このお兄さんが…」
修二の怖がるような声を聞いた晴果は次の瞬間。その男性の頭をバックで殴りつけた。当たりどころが悪かったらしく、彼は倒れこんだ。
「修二!!もう大丈夫だからね!」
晴果がそう言うと、修二は震えた声で言った。
「違う…、違うよ、ママ。僕はこの人にママを助けてってお願いしたの。僕、ママが死んじゃうかもって怖くなって、それで、僕…」
修二がそう言っている間に、パトカーと救急車のサイレンが近づいてきた。
「え、あの人は修二を、修二を連れ去ろうとしたんじゃ…」
「違うよ!!!お兄さんはママを助けようとしてくれたんだよ!!なのに、ママはお兄さんのこと…。僕はママのためを思ってしたのに。もし、お兄さんに何かあったらどうすんの!!もう、」
「ママなんて、大っ嫌い!!!!!」
その言葉を聞くと、晴果の顔から表情が消えた。
警察に連れて行かれた晴果は、「私は見知らぬ男の人に突然危害を与えました。それが事実です。悪いのは全て私です」そう言い、晴果は刑務所に入ることが決まった。
愛している息子からの「大嫌い」の言葉に耐えられず、晴果は真実を述べることなく牢屋の中で過ごしていた。
幸いなことに、殴られた男性は命に別状はなく、もう元気に暮らしているらしい。また、夫の弘信から聞いた話によると修二は様々なショックであの後二日間ほど寝込み、起きた頃にはその事件の記憶を失っていたようだ。その話を聞いた晴果は「離婚しましょう」とだけ弘信を伝えて、他には何も言わなかった。
今考えれば、修二の「大嫌い」は本心ではなかっただろうし、誰か一人にでも本当のことを言えば別の未来が待っていたのかもしれない。
でも、これが晴果の選んでしまった。未来だった。
ーーーー
「もし、また会える日が来たら、その時はお姉さんでも晴果でもなくて、お母さんって呼んでくれたらいいのに…」
私は写真をそっと引き出しにしまい、涙を拭い寝る準備を始めた。
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