本編

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☆葵Side1☆ 熱が出て、昨日学校を休んだけど。下がったのでとりあえず登校した。 パソコンとスマホでちょっと何か書きものしたり調べものをし続けると、眼精疲労からすぐ、熱とかなりの頭痛、吐き気がくる。 まぁ、1日か2日ぐらいで下がるし、治れば頭痛も吐き気も一緒に消えるから、それで学校に行くんだけど。具合悪くなったら早退すればいいだけの話だしね。 で……。 俺が休んだ日に転校生が来たらしく、行ってびっくりした。 何がびっくりって、まぁ、なんと美しい子が来たのか! ってこと。 素晴らしく美人で、本当に綺麗。しかも可愛い……ような気がする。 気がするってのは、席が遠くてよく顔が見えなかったから。 それでも、美人なのはとりあえず、遠目でもわかった。 うん、あれは目立つ。 人間、綺麗「そう」というだけでも目立つのに、あの美貌はまずいだろう。 でもどういうわけか、下ばっかり向いてるし、声も小さいのかはっきりしないのか、よく聞こえない。あんな綺麗な顔してるのに、すんごく大人しいのか。こりゃあ観察しなきゃな。 ……いいねぇ☆ 面白い! 久々に毎日面白そうなことになりそうだ。 俺、そういうの絶賛大歓迎! ってまぁ、男なら、あいつ見たら誰でもそう思うさ。 綺麗って言えば、自分で言うのもなんだけど、実は俺も相当綺麗なはずで……。 今までいつでもどこでも、断トツにハンサムで、超絶モテてきたからな!(笑) でも、この転校生は久々……いや、初めてか? 俺に並ぶレベルかもしれない。 これは大注目に値する。大・大注目だ。しかも転校生だしな。 あんなに美人で(たぶん)可愛くて、でもいつも下向いてて超絶大人しそうとはいったい、どんな子なのかね。もったいない。普通にしてれば死ぬほどモテるはずなのに。 そういえば、俺が声かけたらビクッ! として立ち上がって、ササ~っ! と逃げたな……。 なんなんだあいつは。俺はGかよ。 この俺に対してそんなことするのがいるとは珍しい。初めてだな。 ったく、どんだけ大人しくて恥ずかしがり屋なんだよ。 この学校に入ってきたってことは、江戸時代は直参のはず。 その一族と子孫しか入れないんだから。 おいおい、武士の子弟があの恥ずかしがり屋はまずいだろ。 それにどういうわけか、クラスの連中からは良くは思われてないみたいだし……。 皆俺の前だとニコニコ取り繕うから、たった1日、数時間クラスにいるだけじゃわかりにくいけど。な~んか空気が不穏な気がする。 転校早々、何やらかしたんだあれは。普通、美人には甘いはずなのに……。 まぁ、よりにもよって、たまたま俺が休んだ昨日来たもんだから、俺はその日のあいつとクラスの様子を知らないからな。 とにかく色んな意味であれは、「要注意人物」大決定だ。 様子によってはこっそり担任に言って、俺の隣の席に移動させようか。 そのほうが俺も楽しい日々が始まりそうだし(笑) まずは彼女の名前を覚えないとな……。 ☆薫Side1☆    はぁ……。ったく、煩わしい。 なんで皆こっち見るかなぁ。普通にしてるだけなのに。 今日から新しい学校、新しいクラスのメンバー。 優しい子がいるといいなと思ったけど……。 どうも違うような気がする。 教室に入った瞬間、皆が息飲んだりしてたけど、そんなのは慣れっこで。 どこの学校に行っても、毎度御馴染みの光景。 しかもそれは一瞬のことで、この容姿のせいで、必ず面倒なことになる。 で、うんざりして転校。その繰り返し。 今度の学校ではそれを逆手にとって、超目立たなくしようと思ってるけど、 果たしてうまくいくかな? いや、別に今までだって、普通に生きてるだけなんだけどね。 周りがほっといてくれないだけなんだよね……。 そういえば、今日はなんか、白い制服…かな?着てた生徒がいたなぁ。 ここの学校は制服は男女同じにしてあるけど、でも色は白じゃない。 他の人たちも白いの着てる人はいないみたいだから、その子だけ何か特別なのかな。 皆その子がいると、キャ~!みたいな感じで、その子の前だと大人しくなるみたい。 あれは典型的な、クラスの人気者だね。 席遠かったけど、とにかく着てるものからして目立つし、動くだけでどうしても目に入る。 一回こっち向いて声かけてきたけど、周りの女子が全員、凄い目で見てきて雰囲気も怖かったから、思わずパっと立って逃げちゃった。 本人は呆気に取られてたみたいだし、ん~、ちょっと悪いことしたかな。 せっかく向こうから声かけてきてくれたんだから、今度はちゃんと返事しよう。 でも、ちょっと心配だなぁ。 逃げたからチラッとしか見なかったけど、顔、綺麗だったな。 それも「相当な美しさ」じゃなかった? もしかしてあれは……生まれて初めて、同じぐらいの容姿の良さかもしれない。 ん? ……ということは、もしかして彼も似たような過去や人生があったりして? もしそうならば、あの周りの感じからしても、彼と話したり近づくと面倒なことになるだろうから、こっちからはなるべく近づかないようにしよう。 うん、それがいい。面倒ごとは極力、こちらからは避けるのが一番だからね。 ほら、もうなんか一部の生徒たちが睨んできた。 こそこそ、でもわざと聞えよがしにこっち見て何か言ってる。 あーあ、またか……。ほんと、面倒だな……。 ☆葵Side1☆ 朝のホームルーム。 昨日の転校生は……俺の席から遠いから、頭しか見えない。 あいつは窓側最前列。俺は廊下側一番後ろだから、ちょうど対角線。 遠いわけだ。 ふむ。頭の形いいなぁ。後頭部、丸くて可愛い頭してんだな。へぇ~。 待てよ。ここから頭がだいたい全部見えるってことは、あいつわりと背高いのか? 名前は…… あ、そうだ。昨日、聞こうとして逃げられたから、今日は聞こう。 しっかしまぁ、うまく近づかないと逃げられるかもってのは凄いな。 この俺が、だ。まったく、信じられないっての。 普通は皆、男も女もうざいほど寄ってくるのに。 さて、どうやって近づこうか……。 考えながら廊下を歩いていると、斜め前で喋っている女子たちからこんな声が聞こえてきた。 「ねぇ、昨日来た1年の転校生、知ってる? 話聞いた?」 「うん。超美人だけど、超生意気なんでしょ?」 思わず歩を緩める。 「そう! あの藤堂君から声かけてもらったのに、無視して逃げたんだよ!」 「え~!? 嘘っ、本当に? 無視って……来たばっかりのくせに生意気!」 「でしょ~! 普通喜ぶのに馬鹿すぎない? っつーか無視するなんて、どんだけ上から目線なの」 「だね~。あの藤堂君無視するなんて、気に入らない!」 「なんか下ばっかり向いてて声もはっきりしないしさ。とにかく生意気なんだよね」 ……なるほど。だからちょっと不穏だったのか。 こりゃ普通じゃうまくいかないな、たぶん。 そもそもが俺絡みになっちゃったし、しかも無視したのは事実だからあっちが全面的に悪いからなぁ。 2人にならなきゃ始まらなさそうな恥ずかしがり屋だし……。 しょうがない。呼び出すか。ただしうまくやらないとやばそうだ。 ……あいつが、な。 見ればちょうど向かいから男子が歩いてくる。 「あ、ちょっと」 「はい!」 相手は俺の声に、すぐ立ち止まった。 「あ~、『紫の間』に、昨日来た転校生の女子を来させてくれますか? ちょっと用があって」 校章が濃いブルーだから……彼は2年か。 3年なら赤だし、俺のように1年なら金色だ。 制服の校章カラーは学年固定ではなく毎年交代するので、偶然金色の年に当たった連中は、それだけで皆から羨ましがられる。 うちは幼稚園から大学まであるけど、中高だけ3年間同士だから制服の校章カラーシステムがあるのだ。高1の俺が金色ってことは、今年の中1も金色。 だから来年入学してくる生徒たちは赤ってこと。 「昨日、俺のクラスに来た子なんですけど……」 彼も学年に気付いたんだろう、急に雰囲気が気楽になる。 「あぁ! あの超美人だけど超生意気って噂の?」 なんだって? 昨日の今日だってのに、もうあいつそんなに有名なのか。 いくらなんでも早すぎるだろ! 思わず吹き出したくなるのをこらえて頷く。 「もう噂になってるんですか?」 「うん、そりゃあ、もうね。何しろ天下の藤堂さまを袖にしたってんで、それに超美人だし、すっかりもちきりだよ」 「袖……?(笑) ま、まぁ、どうか伝言よろしくお願いします」 「わかった。紫の間は確か3階の突きあたりだよね?」 「はい。あ、先輩のクラスと名前は……?」 「俺?俺は朝比奈。朝比奈譲(ゆずる)。C組だ。君は『あの』藤堂君だってのはわかってるから名乗らなくていいよ」 「ありがとうございます」 朝比奈先輩と別れると3階へ階段をのぼり、紫の間のドアの前に立つ。 3階の廊下でここだけ床が赤い絨毯なのは、この学校の創立時――1770年代初頭――、武家地だったこの一帯に直参の子弟用の私塾を開いた、我が藤堂家の当主の部屋を表しているから。 俺はその藤堂家の次期当主なんだけど、戦後は当主が忙しいため学校を監督しきれず、次期当主がここに詰めて監督するようになった。それで紫の間は俺の第2の部屋ともいえる。 重厚な木のドアには藤堂家の家紋が彫られていて、ここだけ江戸時代のままのようで面白い。 だから毎日、時間があれば俺はここにいないといけないが、そんなには訪問者は多くない。 ひっきりなしに来られても困るんだけどね(笑) 内ポケットから鍵を出して開けて締めると、ひとまずソファーに座る。 するとちょっとしてインターホンが鳴った。 画面を見ると……あいつだ。 もう来たのか。 おいおい、もっとちゃんと顔を映せ。 下向いてちゃ顔がわかんなくて意味ないだろ……というのは黙っといて、受話器を取り上げる。こんなやつ、お前だけだからな、きっと。 「はい」 「あの…、藤堂さんという方に呼ばれて来たんですけど、藤堂さんはいらっしゃいますか……?」 おまえ、名乗れよな。馬鹿か(笑) 「お名前は?」 「……かおる、です」 聞こえないほど小さい声って意味ないじゃないか。 まぁいい。とりあえずお前の名前は「かおる」なのな。 苗字は聞こえなかったなぁ。 「藤堂さんはいます。今、開けるから待って下さい」 藤堂さんは俺だけどね。 我ながらよそよそしい言い方(笑) 苦笑すると、ドアを開けた。 ☆薫Side1☆ 朝のホームルーム中、なんか右後ろのほうから視線を感じたような気がするけど…。 どうせまた誰かが目の敵にでもしてるんだろうな。 そういうのは沢山経験してきてすぐわかる。慣れっこもいいところ。 ホームルームが終わって1時間目の用意をしていたら、教室のドアのほうから大声がした。 「お~い!超美人な転校生の女子、いるか~?藤堂君が紫の間へ寄越してくれ、と呼んでるんだけど」 その瞬間、一気に室内がざわつき、バッ!と皆の視線が刺さったのがわかった。 思わず首をすくめ、ちょっとだけ長い髪で顔や目を隠す。 「いますよ~」 誰かが返事する。 勝手に返事するのやめてくれないかな。 「おい、転校生! 呼ばれてんぞ、行けよ~。2年の先輩だから、待たせんなよ」 「2年?」 なぜ2年生が呼びに来るのかな? 咄嗟に聞き返したけど聞こえなかったらしく、答えはなかった。 とりあえず立ち上がって声のほうを見ると、男子生徒が立ってこっちを見ている。 ……と思ったらまっすぐこっちへ来て、前に立った。 「君だな? 超美人だけど超生意気な転校生っていうのは。藤堂君が、もう噂になってるのかと驚いてたよ。この学校では藤堂君の気を煩わせてはいけないから、とりあえず行こう」 「?」 どういうこと?と、思わず目を上げたら 「部屋わかんないだろ。連れてってやるから、とりあえず行こう」 「え、授業……」 ぽそりと呟いたら、 「藤堂案件ならば、何よりも最優先されるから大丈夫。学長よりもな(笑)」 と言うなり、腕をとられて廊下へ連れ出された。 先生たちの声だけが聞こえる廊下を歩く。 「あの……」 「ん?」 すぐ前の先輩とやらに声をかけると、すぐ振り向いた。 「2年生なんですか?」 「あぁ、そう。君、名前は?」 「……」 すると先輩は数秒黙ったあと、小さく溜息をついて苦笑した。 「まぁ、いいよ。俺は朝比奈」 「朝比奈先輩……」 「そう」 先輩は人が良さそうな笑顔をすると、また歩き出す。 3階にのぼると廊下の奥に、大きな木のドアが見えた。 そのドアの前まで来ると、 「このインターホンを押せば、たぶん中にいる誰かが出るだろうから、そしたら用件を言えばいい。くれぐれも名前間違えるなよ? まずいからな。藤堂だぞ、藤堂。藤堂さん、ってちゃんと言えば大丈夫だと思うから」 じゃあな、と手を振って先輩はいなくなった。 急にしんとして、一人だという実感がわく。 「さん」づけしないとまずいって、どんな人なんだろう? よっぽど怖いのか、偉いのかなぁ。 授業や学長よりも最優先されるって、相当じゃないの? 人差し指は数秒、迷いを見せた。 でも、ここでうじうじしてても時間がたつだけだから……。 しょうがない。おそるおそる前へ出した。 「はい」 わっ! 誰かでた! 心臓が縮みそうになりながら、なんとか用件を言う。 「お名前は?」 あ、そうか。名乗るの忘れてた。失礼だなぁ。馬鹿みたい。 それに気付いたせいで、さらに緊張してぼそぼそとしか喋れない。 ちゃんと聞こえたかどうか気になったけど、何も言われなかったから…… いいとしよう。 とりあえず、もう藤堂さんはいるらしい。 ドアが開いて、中に入った。 「あぁ、ドア閉めたらカギ締めて、こっち来て、そこのソファーに座ってて」 「はい」 閉めて振り向くと、奥へ歩くスーツ姿の男の後ろ姿があった。 あとを追いかけるようにして進む。 広い部屋なのか、まぁまぁな歩数を歩いてソファーに座る。 大きな執務机が横にあって、パソコンがいくつか並んでるのは、いかにも仕事部屋だな。 ふーん。ソファーもなかなかの座り心地。 もし横になったら気持ちよく寝れそうなほどの大きさで、ベッド代わりにもなりそう。 なんてさりげなくきょろついてたら、さっきの男の人が手にお盆を持って戻ってきた。 「ごめん、お紅茶しかなくて。コーヒーが良かったかな?」 「!?」 上から降ってきた低い声に驚く。 えっ!? 思ったよりも、声、若くない!? そしてちょうどいい低さの声。 「あっ、いえっ、お、お構いなく!」 言いながら、こっちもつられて立ち上がってしまう。 そして、思わず息を飲んで……固まった。 その、あまりの美しさ、美貌に―― 「君、紫の間へようこそ」 彼のまわりに後光がさしてるかのように眩しいとは、こういうことなのかも。 とてつもなく美しい顔が、優しく微笑んでいる。 「君、僕が昨日、名前を聞こうとしたら逃げたでしょ。おかげですっかり有名人になってるね」 あぁ、あの白いスーツの子、この人だったんだ……。 すぐ気付かなかったのは、今日は黒いスーツだからだ。 ははっと笑う姿も眩しくて、瞬きを何回かする。 見とれて固まっていると、 「僕は藤堂葵。同じクラスだし、もしよかったら友達になろう?名前、教えてくれる?」 「……」 そこではっと我に返る。 そうだ。名前。 今度はちゃんと返事するって決めたじゃん! 「き……」 言いかけてあることを思い出し、慌てて言い直す。 「……成瀬薫」 危ない危ない。危うく言っちゃうところだった。 「お~、いい名前だね。じゃあ、薫ちゃん。よろしくね」 俺は藤堂でいいから、と差し出された右手に、そっと右手を重ねると、ぎゅっと握られた。 その瞬間、 「っ!!!」 体全体が電流が走ったみたいにビリッ!として…… 何かの映像?感触?みたいなものが、頭の中を流れた気がした。 ☆☆☆☆☆ 「俺はオ・ジョンヒョン。君、名前は?」 「キム・サンヒョク……」 「ふぅん。サンヒョクか。いい名前だね。サンヒョク、俺と友達になろう?」 「うん」 ビルか何かの部屋で、目の前と同じ顔の男の子からそう声をかけられて、返事している。 たぶん二人とも今ぐらいの年齢だろう。 その男の子はとても明るい感じで、こっちは小声で俯いてて、内気というか、恥ずかしがっている感じだ。 そして今と同じように、やはり握手している。 でも、手の感触も、声も、顔も、たぶん…背の感じも。 今、目の前にいる「藤堂葵」という子と、同じだった。 ☆☆☆☆☆☆ 思わず瞬きを何回かすると、目の前の藤堂君は固まっていた。 あ… 変なヤツだと思っただろな… でも今しがた感じて見た映像にどうしていいかわからず、また顔を見てしまう。 すると彼は困惑した感じで口を開いた。 「あのさ。……もしかして……サンヒョクっていう名前……じゃ、ないよな…?」 えっ!? もしかして藤堂くんも今、同じ何かを感じたのかな!? 驚いて彼を見つめてしまう。 それならば……こっちも聞いてみなきゃいけない……。 「あの……まさかジョンヒョンっていう名前じゃ……?」 交差する視線。 瞬時に離れ、また戻る。 それは明らかに、お互い「諾」を物語っていた。 「もしかしてお前……美人じゃなくて、ハンサムなの……?」 「!!」 図星な質問に、体が強張る。 それを見ている綺麗な目が、大きく見開かれた。 「……。もう一回。手、握ってみる……?」 彼の言葉に、黙って小さく頷いた。 ☆葵Side1☆ まずい。こいつ、予想以上に可愛いんじゃないか? いや、その、何が可愛いって……。その雰囲気と顔が(笑) あいつが立ち上がって俺を見たとき、当然だけど俺もあいつの顔を見たわけで。 俺を見てちょっとぼうっとしてたようだけど、そんなのはどいつもこいつもだから、どうということもない。 問題は、俺から……というか、「他人から見たあいつ(のほう)」だと気付いた。 簡単に言うと、あれぞ「可愛くて綺麗」ってやつで、これはよろしくない。 うん、絶対よろしくない予感しかしない。 なぜなら無意識に、どうしても目がいくからだ。 色白で、まぁるい可愛い頭のかたちしてて、さらさらの綺麗な髪。 綺麗な二重のお目目に、綺麗な高い鼻、ちょっとぷくっとした感じの頬。 それが妙に「幼げ」で、可愛さ倍増の要因だと思う。 う~~ん…… なんていうか…… 俺は女じゃないけど、でも、母性じゃない、父性っていうか、庇護欲を刺激されるっていうか……。まだ出会ったばかりだけど、不思議な子だ。 しかも唇も綺麗な形してて、薄い上唇なのに下唇が「ぷっ」としてて、全てが全体的に相まって、可愛いし綺麗。 いいなぁ、そういう顔で。 俺はそういう目じゃないし、唇じゃないからなぁ。羨ましい。 握手したとき、あいつも俺と同じ感触や光景を見たらしい。 名前も薫は男女どっちにもいるし、制服は男女関係なくうちはネクタイにスラックスだから、てっきり女子だと思ってた。 でも、俺がもしかしてハンサムなのか?と聞いたら固まって黙っちゃったからなぁ。 あのサンヒョクとかいう子が男子だから、きっとあいつも男なんだろう。 2人ともどうやら何か縁があるのかもな。 でもなんで韓国……?かな、その名前なんだろう。 うちの学校は武家の子弟および一族、その末裔たちしか原則としては入れない。 俺の家は大身の直参御旗本だった。つまりあいつの家も武家のはずだ。 向かいのソファーでお紅茶を飲んでる薫はあまりにも中性的で可愛すぎて、綺麗だった。 それがどんなに(良い意味で)目に毒なことか……。 あいつ黙ったけど、あの様子からして十中八九、男子なんだろな。 で、なんでこんなに可愛いんだよ! お前どうかしてんだろ!おかしいんだよ。 なんなんだよ、そのすべすべの肌は!赤ちゃんかよ。 帰宅してからも、あいつの顔がちらついて困った。 ずっと俯いてる姿しか知らなかったから、衝撃度が強すぎる。 もう一度握手したとき、恐らく俺だと思われるジョンヒョン?とかいう子は、薫……というかサンヒョク? の頭を撫でていて、手を離したあと、2人ともちょっと目合わせられなかった。 ちら、と見ただけで、お互い気恥ずかしいのが伝わってきたもんな。 あれから二人で話した結果、現時点でわかってる様子から鑑みるに、 「恐らくジョンヒョンはサンヒョクの保護者的存在っぽそうだよね」 だった。 そして俺は次の瞬間、無意識に右手を伸ばしてあいつの頭を撫でた。 なぜそうしたのかはわからない。ただ勝手に体が動いてそうしただけだ。 どうやら、握手して見える光景と同じことをしたくなるのかもしれなかった。 サンヒョクはジョンヒョンに撫でられて、びっくりしてたけどちょっと嬉しそうな顔をしていた。 ということは、あいつも俺に撫でられて嬉しかったんだろうか? 最初あんなにぼそぼそしか喋らなかった薫は、紫の間を出るとき、自分からお辞儀してちょっと俺の顔を見てきたから内心驚いた。 どういうことなんだろう。 俺に慣れてきたのか、それとも頭撫でたジョンヒョン効果?なんだろうか。 まぁそれはどうでもいいや。 それより、あいつは俺に対する態度の件で、皆から目をつけられている。 あの感じだと、既に学校中がそうしていると考えたほうがいいだろう。 加えてあの容姿に万が一気付く奴が現れたとしたら…。 あ、超美人としてはもう有名だしなぁ。 こりゃあ何か面倒ごとが遅かれ早かれ起きそうだと、誰でも予想できる。 それは藤堂家次期当主にして学校の監督者たる俺としては、全く歓迎できないことだ。 そう。 俺は立場上の理由から、校内に面倒ごとが起きないようにしなければならない。 それには恐らく、あいつが巻き込まれないようにするのも良い手だろう。 俺は一人しかいない。分身はできないんだから、学校中に現れて監視するとかできっこない。 となれば、対象人物自身を連中から隔離したり、保護するほうが簡単で確実なはずだ。 俺は学校を平和に保たねばならない立場なんだから。 よし、そうしよう。 夜、ベッドの中でそこまで考えると眠くなった。 目を閉じた瞬間、なんとなくあいつの俺を見る顔がよぎった気がしたけど、気のせいだろう。 今しがたまで考えていたから思い出しただけだ。 ☆薫Side1☆ あれは本当にいけないと思う。あんなにかっこいいのは反則以外の何物でもない。 何をどうやったらあんなに完璧な顔で生まれてこれるんだろう。 さぞかし祖父母もご両親も美しいに違いない。 僕も大概に美しいと騒がれて生きてきたけど、そんなの比じゃない。 ちょうどいいバランスの取れた美しい額に、なんとも言いようのないほど素敵な目。 僕みたいに両目二重なわけじゃないんだけど、なんだろう、あの素敵さは! しかもなんで僕よりまつ毛長いわけ?(笑) 綺麗で高い鼻に、ちょっと不満そうな唇。 とにかく雰囲気からして完璧すぎて、あれは人間じゃない。人外、神様の領域。 一瞬で見とれちゃったけど…… 気付かれなかったかな。 もし気付かれちゃったら恥ずかしくてたまらない。 そうだ。見慣れればいいんだ。人間は良くも悪くも「慣れる」ことができる。 でも、教室では席は対角線上で一番遠いし、まさかあの部屋には僕から行くことはできないだろうし……。 ってことは、呼び出されればいいのか。 ん~、どうやって?(笑) ……どうやってって…… 僕はいったい何考えてるんだろう。 たまたま僕より更に、完璧すぎるほど美しいってだけなのに。 ただそれだけじゃないか。 ……だめだ。 今まで生きてきて、あんなにもカッコよくて完璧すぎる人、見たことない。 見たことなさすぎて、どうしようもなく衝撃すぎて……。 あれからあと、どうやって授業をこなして家に帰ったか、あんまり覚えてない。 あんな笑顔、ダメすぎる。 あんなにカッコよくて美しすぎるのに、笑うとあんなに可愛いなんて、ずる過ぎて話になんない。 また握手したら、頭撫でてくれるのかな。 サンヒョク……え~っと、僕? なのかな? は、ジョンヒョン……藤堂さん?に頭撫でられて、けっこう喜んでいた。 どうしてそのあとすぐ、藤堂さんは僕の頭を撫でたんだろう。 同じことしたかったのか、それとも単純に頭撫でたかったのかな。 え~?いやいや、それは違うでしょ。別に僕は女じゃないもん。 でも。困ったことに、「僕」も嬉しかったのは事実で。 だから、また撫でてくれるのかな、なんてよぎってしまった。 はぁ~っ。 だめだ。 あれこれ、何から何まで衝撃的すぎて、未経験すぎて、頭がついていけない。 ついていかないじゃなくて、ついていけないって気がする。 そういえばどうして二人とも、韓国らしい名前だったんだろう。 この学校は武家しか入れないんだから、おかしいじゃないか。 ワンとかリンとかじゃないから、たぶんあれは韓国の名前なんじゃないかな。 ジョンヒョンか……。 あの顔で、あの声で、優しく目を細めて「サンヒョク」って呼んでたな…。 その時、サンヒョクをちょっと羨ましいと思った僕は、きっとどうかしてるに違いない。 あの僕は、どうやってジョンヒョンと知り合ってるんだろう。 どうして……恐らく僕と藤堂さんなんだろう? ……キリがないからもう寝よう。 数秒だけど撫でてくれた手、優しかったな…… ジョンヒョンはサンヒョクを撫でてるとき、優しさに溢れてた。 明らかに内気というか人見知りっぽそうなサンヒョクに対し、完全に、弟を可愛がる兄みたいな感じだった。 藤堂さんはなぜ僕を撫でたんだろう。 そして一瞬だけど、ジョンヒョンみたいな感じがした。 「よしよし」って。 ん?それって……「可愛がってる」んじゃないの? ハハハ!まさかそんな馬鹿な! たまたま僕が失礼なことしたから呼び出しただけで、どうってことはないだろう。 でも。 頭のどこかで「それは違う。そうじゃないよ」って言ってる気がしてしょうがない。 ……だめだ。 とにかく本当にもう寝ないと、明日起きれない。 目を無理やり閉じて、暫くしたら眠気が襲ってきた。 意識が落ちる前、「ヒョク……薫……」ってジョンヒョンならぬ藤堂さんに呼ばれた気がした。 ここにいるわけないんだから、空耳に決まってるのに……。 ☆葵Side1☆ 初日からやらかしたあいつは、俺が見てる限りではあれ以来、何事もなく何とか過ごせているようだ。とにかく異常に大人しくて、俯いてぼそぼそ言うのは変わんないけどな。 2週間ぐらいたって、今日は席替えの日。 俺は面倒ごとは大嫌いなので、「絶対に前後左右斜め、360度、全員男子にするように」との厳命を、担任とクラスメイトたちに下している。 俺の近くに女子がいると、100%面倒ごとしか起こらないからだ。 ほんと、今まで女が周りにいてろくなことがない。 これは特に女子たちに好評で、「さすが、女子のことを考えてくれる優しい藤堂くん☆」ということになっているが、彼女たちの考えるその理由は全くのお門違い。 残念ながら、俺は女子たちのためにそうしてるんじゃないんだよね~。 面倒ごとが発生しないように、というだけの理由だ。 で、加えて面倒発生率をさらに低くするために、「俺は廊下側か窓側の一番後ろ以外には座らない」と決めてある。 後ろに誰もいないし、横は窓か壁だから気楽なんだよな。 それに後ろだと教室内の様子も見れるので、一石二鳥というのもある。 つまり俺の席はどの教室でもたった2席のみ。ほぼ指定席みたいなもんだ。 面白いことに、男子たちは俺の隣になりたがらない。結構避けようとする。 なぜなら「藤堂案件のネタを提供してしまう可能性が飛躍的に高くなるから」だ。 べつに俺、短気でもなんでもないんだけどねぇ。 ……ということで、俺は今回、窓側の一番後ろになった。 問題の(?)隣は…… まだ決まってないのが2人。そのどっちかが来る。 おっ。 そのうちの一人は薫だ。 こういう時だけ皆から嫌なところを押し付けられたな……。 もう2人しかいないから、じゃんけんで公平に決めることにしたらしい。 「最初はグー、じゃんけんぽん!」 「あいこでしょ!」「しょ!」「しょ!」 周りは皆が固唾をのんで見ているので、なんというか…黒山まではいかないけど人だかり、みたいな感じか。 ……あ、決まった。 隣は数回のあいこの末に負けた、薫になった。 「おい、ぐー」 やっぱり俯き気味のこいつに声をかけると、本人含めた皆が不思議そうな顔をした。 「お前、ぐー出すの多かったから、それで(笑)」 「あ~(笑)」 なるほどね~、と皆納得している。 べつに俺はぐーでもヒョクでも構わないけどな、と言うと、とたんに薫は俯いた。 ひとしきり、皆が席を移動してやっと落ち着いた時、机に突っ伏して寝ているらしい隣人のあることに気付いた。 「ぐー。耳赤いけどどうした。熱でもあんのか?」 「……」 なんだよ。まただんまりか。 俺にぐらいは喋れないと、困るのはお前だぞ?わかってんのか? ……って、わかってるわけないからこうなんだよな。 やれやれ… 小さく溜息をつくと、薫が恐る恐る、といった感じで見上げてきた。 「……っ!」 うっ。 思わず呻きそうになったが、すんでのところでどうにか耐えた。 偉いぞ、俺! お~い~! 誰かこいつどうにかしてくれよ、本当に。 お前…… なんだってそんな目するんだよ。 見られたこっちはたまんないだろ……? どうかしてるぞ本当に。 こいつ、いつか制服剥いで性別確かめてやる! 女子なら理解できるけど、もし本当に男なら……。 つーかそもそも、その異常なまでの可愛さは問題ありすぎるだろ。 何をどうやったらそんな目になるんだよ、ったく。 こいつまさか、「わざと」計算して可愛くやってんじゃないだろうな……。 ここまでを僅か数秒で思ったなんて、こいつは夢にも思わないだろう。 するとなんだか突然むしゃくしゃしてきて、 「おい、ぐー!」 と強めに呼び、腕を掴んで無理やり立ち上がらせる。 そして皆が驚いて見てるなか(俺は普段、滅多に怒ったり大声出したりしないから)、黙って奴を引っ張っていく。 くそっ。なんでこいつはのうのうとしてるんだ。 いや、のうのうとは違うか。でも、いつも通りなのは確かだからな。 気がついたら3階にいた。 視界に見慣れたドアが入って……  「……」 軽く息をすると鍵を開けて奴を押し込み、すぐその右手首を掴むなり、後ろ手で鍵をかける。 そのまま連れて行こうと引っ張ったが、動かない。 「おい」 低い声を出してもう一回引っ張ると、今度は一歩踏み出したので奥へ連れて行く。 ソファーに突き飛ばしたいのを耐えて、その前に立たせた。 「座って」 「……」 「座れって言ってる」 「……」 あー、苛つく。 「座れよ」 怒鳴ったつもりが、反対に物凄く低い声が出たので我ながらびっくりした。 なかなか怖い声が出るんだな、俺は。 思わず顔を見ると、怯えた目をしながらぎくしゃくとゆっくり座った。 「……」 「……」 沈黙の中、向かいのソファーに俺も座る。 その瞬間、はぁっと溜息がでた。 ソファーの背中に右肘をのせ、頬杖をつくと、ちょっと気分が落ち着いてきた。 改めて薫を見やると、下向いて、……ん? 肩が震えてる? おい……まさか泣いたりしてないよな…… ふん、泣けばいいと思ってるなら甘いんだよ、とは思ったものの、こないだ最初に来たときも下ばっかり向いてたな……と思い出し、そういえばそういう子だったと思いなおす。 しょうがないなぁ。 小さく溜息をつくと立ち上がり、 「ちょっと待ってて。勝手に帰るなよ」 少し優しい声を出すと奥の部屋でお茶を入れ、薫の前にそっと置いてやる。 「ロイヤルミルクティーにしたよ。気分も心も落ち着くから、少し甘くしといた」 「……」 ふむ…… 俺、そんなに怖かったかなぁ。 まぁ確かに、さっきの低い声は自分でもびっくりしたぐらいだからな。 もしかしたら結構怖かったのかもしれない。 そう気付いたら可哀想になり、隣に移動する。 その途端ビクッとしたのがわかったので、思わず横を見た。 「ぐー。薫」 そういえば、なんでこの子だけ俺は最初から下の名前で呼んでるんだろう。 普通、苗字で呼ぶのに。 「……もう怒ってないから」 「……」 「あんな声出して悪かった。その…怖かったのなら、怖がらせてごめん」 ちろっとこっちを見た気がするけど一瞬すぎて、確証を持てない。 あちゃ~。こりゃ相当怖がらせちゃったみたいだな。 うーん、どうしたものか…。 色々考えていて、ふと、あることを思いつく。 じゃあこれはどうだろう? 「……ヒョク……薫……」 両方言ってみたら、驚いたような顔で俺を見た。 へぇ? ヒョクには反応するのか? 面白い子だな。 普通、反対だと思うんだけどねぇ。 よしよしと頬を撫でようとして、手を伸ばしかけたけどやめた。 子供相手じゃないのになぜそうしようと思ったのか、一瞬逡巡したけど頭から追い出した。 かわりにすぐ隣に座り直して左手で、薫の膝で握られている右手を軽くそっと包む。 ☆☆☆☆ 「サンヒョク。俺がいるから大丈夫だよ」 「……うん……」 「だからほら、泣かないの」 「……ん……」 ジョンヒョンはサンヒョクの肩に手をまわし、そっと抱き寄せている。 サンヒョクがなぜ泣いているのかはわからないが、ジョンヒョンにそうされて安心したのか、 少しして溜息をつくと、ジョンヒョンの肩に頭をもたせかけ……これは……そのまま泣き疲れて寝たのか……? ☆☆☆☆ 「…」 なぜだろう。 この2人の光景を目にすると、同時に同じことを体が勝手にやろうとする。 というか、勝手に「そうする」。 ということは、脳が拒否しないのかできないのかは知らないが、とりあえず俺もジョンヒョンと同じような気持ちや考えになってるんだろう。よくわかんないけどね。 なぜなら、ジョンヒョンの気持ちや心が言葉として伝わってくるわけではないからだ。 2人を見て俺が勝手に感じたり思ったものしかない。 ジョンヒョンがヒョクへどう思ったり感じてるのかも一緒に伝われば、もっといいのに……。 だから実際に意識的にそう思って俺がするわけではないのだから、不思議だ。 恐らく無意識の部分でそうしたくなるんだろう。 まぁ、人間の脳は無意識の部分が95%ぐらいだ、という話を何かで読んだことがあるぐらいだから、俺の意識なんて大したことはないんだろうな(笑) 今だってすでにもう、左手で俺は薫の肩に手を伸ばし、こいつはそのまま俺にもたれてるんだから。 そう気付いたら可笑しくて、ふっと笑ったら。 左肩にのっている頭も一緒に、小さく揺れた。 ☆薫Side1☆ 昨日、席替えがあった。 くじびきで決めていくんだけど、なぜかなかなか僕ともう一人が決まらなくて、最後の2人になった。 担任の先生の声がする。 「二人とも、席はあそことそこのどっちかだ。早くどうにかして決めろよ~」 一つは教室の真ん中あたり。もう一つは……えっ?藤堂さんの隣!? 僕が気付いたのと同時に、もう一人がなんとなくたじろいだのが雰囲気でわかった。 たぶん藤堂さんの隣が嫌なんだろうな。藤堂案件なるものがあるぐらいだしね。 面倒そうで、できれば隣は遠慮したいんだろう。 藤堂さんは窓側の一番後ろかぁ。 今日は白い縁取りのジャケットを着てる。 ほんっとにカッコいいなぁ! どうしてこんなにカッコいいんだろう。 心底羨ましいんですけど!(笑) なんてぼ~っと見てると、目の前にもう一人の手が見えた。 あ、そっか、公平にじゃんけんで決めるんだっけ? でも場所が悪い気がする。 なんで藤堂さんの目の前でやるんだよ~! 落ち着かないじゃん! こんなカッコいい人の目の前でじゃんけんなんて、気が散ってしょうがない。 案の定、僕は藤堂さんばっかり目に入ってしまい、上の空ぎみだったからあっさり負けて……幸か不幸か、転校して最初の席替えで、おそらく学校、いや、地域、いや、国一番かな? のハンサムの隣になった。 窓の外を見ている横顔を盗み見る。 なんなのこの人。本当に僕と同じ人間かな? なんでこんなに素敵じゃなきゃいけないのさ。 なにあの長いまつ毛!窓からの日差しにけぶるのもいい加減にしてほしい。 どうしてそんなに完璧な横顔してるんだよ! 手も指先まで完璧に綺麗だし……。 机に置かれている右手。細長くて綺麗な指だ。 ……あの手を握ると…… このあいだのことを思い出してしまい、思わず視線を外した。 彼と握手する人は長い人生、これからも沢山いるだろう。 でも、あれだけは。あれだけは…… 僕と彼だけに違いない。きっとそうだ。 オ・ジョンヒョンか……。 藤堂葵の名前もぴったりだけど、オ・ジョンヒョンも物凄く合ってる気がする。 そう。 たぶん……僕だけが知ってる、もう一人の彼。 そして彼だけが知ってる、もう一人の僕。 あの美しい手で優しく頭を撫でられたんだと思い出したら、とてつもなく恥ずかしくなって……。血がのぼるのがわかり、慌てて机に突っ伏した。 良かった、彼が外を見ていて。もし僕の顔を見ていたらばれるところだった。 危ない危ない。 僕の場合、藤堂案件とは違う意味で、この席は物凄く危険な気がする(笑) ちょっとしたら、「ぐー、耳赤いけどどうした?」って藤堂さんの声。 僕がじゃんけんでグーばっかりだしてたから、「ぐー」って呼ぶことにしたみたいなんだけど、うわぁ~!そっか、耳までは隠せないもんなぁ。 っていうか、「熱でもあるのか?大丈夫?」って、聞いてくれるのはいいけど、覗き込んでくるのはやめてください。おかげで更に熱が上がるだけなんで…。 誰のせいだと思ってるのか、っていう(苦笑) でも小さい溜息が聞こえたから、どうしたのかな?と、目だけ藤堂さんを見上げたら。 何だか知らないけど息をのんでたなぁ。 …で、怖い顔して強い声で名前を呼ぶなり、いきなり僕の腕を掴んで立たせると、黙って廊下へ連れて行き……僕は紫の間のソファーの前に立たされた。 藤堂さんは細そうなのに、意外と手や腕の力が強いってことがわかった。 怒ってるからそうなのかもしれないけど、掴まれてたところが痛い。 「座って」と言われたけど、色々突然すぎて、頭がついていかない。 何か彼を怒らせるようなことをした記憶がないからだ。 それですぐ声が出ないでいたら、「座れって言ってる」と言われてしまい、「座れよ」と……。 その声の低さと怖さは忘れられないだろう。 あの綺麗な顔があんなに怖い顔になるのなんて、知りたくなかった。 超美しいだけに、怒ったときの恐ろしさも桁違いだ。 どうしたの? さっきまで普通だったじゃん。 僕、何かしたっけ? とにかく彼は物凄く怖くて…… 従う以外に何もできず、でも怖いから体も強張ってなかなか動かせなくて。 ぎこちなく、ゆっくりと腰を下ろした。 向かいに座った藤堂さんは右肘をソファーの背中にかけ、頬杖ついてこっちを見てる。 うぅ~ん…… こんなに彼が怒ってて怖い状況でも「どんなに怒ってても、綺麗は綺麗なんだなぁ」なんて思ってしまう僕って…。 少しすると藤堂さんは溜息をついて立ち上がった。 また怒られるのかと思ったら「ちょっと待ってて。勝手に帰るなよ」と言って奥へ消えた。 あれ? ちょっと雰囲気が柔らかくなったかな? 声もさっきより優しかったし。 座って落ち着いたら、少し冷静になったんだろうか。 ロイヤルミルクティーが机に置かれる。 気分や心が落ち着くから、と少し甘くしてくれたらしい。 へぇ~。あんなに怒ってても、優しいんだなぁ。 もしかして、とっても本当は優しい人なのかもしれないな。 でも何を思ったか僕の隣に座ってきたとき、まだ怒ってるかもしれないとビクッとしたら、ちらっと僕の顔を見て……。 「ぐー。薫」 呼ばれたけど、警戒して黙ってたら。 「……もう怒ってないから」 「あんな声出して悪かった。その……怖かったのなら、怖がらせてごめん」 そう言われて、一瞬だけ彼を見た。 すると何かちょっと考えていたけど 「……ヒョク……薫……」 って言ったから驚いた。 初めて会った日の夜。 寝る時、テヒョンだか藤堂さんの声で、こう呼ばれたような気がしたのを思い出す。 もしかして、本当に彼はあのとき僕の名前を呼んだんだろうか? 確かめたくて、つい顔を見てしまう。 すると彼はすぐ隣に座り直し、ゆっくり手を伸ばしてきて…… 膝の上で握っている僕の右手をそっと掴んだ。 とても優しくて、さっきあんなに怒ってた人とは思えないほどだ。 そして彼は僕の肩をゆっくり抱き寄せた。 ……あ、僕より少しだけ背があるのかも、と思いながら、今見えた光景…… サンヒョクはジョンヒョンに「僕がいるから大丈夫だよ。ほら、泣かないの」と言われ、その肩にもたれて…ちょっと泣いていたみたいだけど…… それと同じように、僕よりちょっとだけ高い位置にある肩に頭をもたせかけた。 「お紅茶冷めちゃうよ」 ほら、と藤堂さんはカップを口に当ててくれる。 子供みたいで恥ずかしい。 でも、ちょっとだけ飲むと心が休まり、ほぅっとため息をつく。 ほんのり甘くて飲みやすい。 その温かさと優しさは、僕の心も体もほぐしていった。 あ~、気持ちいい。 さっきの気遣いもだけど、ちょっとお母さんみたいで凄く安心する。 もたれたまま、その気持ちよさに浸っていたくてそっと目を閉じた。 ☆薫Side2☆ 「甘すぎたかな?」 「ううん、そんなことない。ちょうどいい」 そのまま答えると、「それなら良かった」って言うなり、ぎゅっと肩の手に力が入った。 僕が溜息ついたから気になったのかな。 「あのさ。ぐーとヒョク、薫、どれがいいの?」 あ~。彼が呼ぶなら、どれでもべつにかまわないんだけどねぇ…。 っていうか、いくらなんでも皆の前でヒョクは変でしょ(笑) でも、この顔と声が僕を見て呼ぶなら、まぁ……。 なんだろう。 結果的にそう思ってしまうあたり、僕が大概なのか、そう思わせてしまう彼自身が良くないのか。 「ん~。どれでもかまわないよ」 「ははっ、なんだよそれ。投げやりなのか、本当にそうなのか、どっちだよ?」 「本当にそう、のほう」 「ふーん?」 なに、その疑いの声は(笑) 「俺的には、ぐぅもいいんだけどな」 「なんで? ぐーと何が違うの(笑)」 「ぐぅのほうが可愛いじゃん」 「可愛い? 何が?」 「ぐぅのほうが、口がちょっと子供っぽくなるだろ」 「え~?(笑)」 顔を上げると、綺麗な輪郭と口元が目に入る。 「ぐぅ」 ほらそうでしょ?と言う彼に、僕は慌てて咳払いをした。 「なに?」 「……べつに?」 「なんだよ~。今、俺が言ったら急に咳払いって、明らかにそれに反応してるだろ」 「……」 こういうとき、相手がそういうのに鈍いと助かるのに。 「なんだよ、教えろよ。お前、さっきもそうだけど、俺にぐらいはちゃんと答えたり話したりしないと、お前自身が困るよ?わかってるとは思うけど。……で? 答えは?」 顎に指当ててクイッって上げられちゃあ、無理やりだけど目が合うわけで……。 さっきの彼を思い出して、身じろぎするのが精一杯だ。 でも、確かに彼の言うことは正論だ。そう。彼は正しい。 そうだ。ジョンヒョンだと思って言えば、別に恥ずかしくないかも? 急にそう思いつくと、ちょっと気が楽になった。 「その…… ぐぅってのがさ……」 「うん。ぐぅがどした?」 だぁ~! だからそれ、心臓に悪いんだよ!!! 「藤堂さんが言うと、良くないんだよ!」 「えっ、なんで?(笑)」 ちょっと驚いてる(笑)ま、そりゃそうか。 「ぐぅだとさぁ」 「うん」 目が合って、恥ずかしくて肩に顔くっつけて隠しながら言う。 「……唇がちょっと……だから……」 「なにそれ?唇が、ちょっと?(笑)」 彼は笑いながら考えこむ。 数秒して、 「あ~? もしかして……」 また顎を持ち上げられる。 「目開けて」 「……やだ」 「やだじゃない」 「やなもんはやだ!」 「おい~(笑)お前は幼稚園児か!」 だって…… なんとなく彼の意図がわかったからイヤなんだもん。 「手、放して」 「なんで?(笑)」 「わざとそうしてるでしょ!」 すると彼はハハハと大声で笑った。 「いーや、そんなことないよ?」 ぜったいに嘘だ。声からして、絶対ニヤニヤしてるだろ! 「……じゃ、答えなくていいから」 「……」 「いや、ほんとに」 「……ほんと?」 「うん、ほんとに」 「……」 「だから目開けて」 「……」 恐る恐る目を開けると。 「ぐぅ」 って言うと、僕の目を見て笑った。 「はっはっは、やっぱそっか~!んじゃ、ぐぅにしよう、ぐぅに!」 「ちょっ、話違う!」 思わず右手でべしっと左腿を叩くと、さらに笑う。 「ぐぅだとさ。確かにぐーより唇がちょっと尖るから、それが……」 って、急に真顔になって……どこ見てんの! 僕の口を見たのがわかって、さっきのと相まって色々恥ずかしくて…… 顔をあげられてるから目を閉じるしか術がなく。 「―――」 急に耳元で聞こえた続きに、 「!?」 バッと耳に手を当て、顔を肩に隠そうとした。 その様子にまた彼は大笑いしたけど、この野郎~、覚えてろよ! 「ぐぅは可愛いな(笑)そうか~、ぐぅは色々連想して、俺の唇に弱いのか~(笑)」 って、人の顔見て嬉しそうにニヤニヤするな! 「藤堂さんのヘンタイ!」 ちょっと睨んでやるけど、 「なにが?」 って、もう。全然効果なさそう。 「自意識過剰だし」 「でも実際、さっきのは図星だろ?」 「……っ」 ハハハ、とまた笑うと、ぎゅっと肩を抱きしめられた。 「お前さ。その藤堂さんってのやめて、なんか他の呼び方にしなよ」 いや、もちろん2人だけの時な、って言うから驚いた。 「ん~。じゃあ…… てて?」 「ててぇ?」 不思議そうな顔と声。 そこでなんで語尾伸ばすかな~。 妙に可愛い気がするけど、気付かなかったことにしよう。 「うん。すごくお手手が綺麗だから」 すると一瞬吹き出したあと、彼は腕と手を離して僕と向き合うように座りなおし、僕の顔を数秒見て 「!?」 正面からぎゅっと抱きしめてきた。 「お前さぁ~。男なの? 女なの?」 「なんで?」 突然抱きしめられて驚きながら、聞き返すと。 「男にしちゃ可愛すぎるから。声もちょっと高めだし。でもヒョクは男だからさ……」 だって。 「男だけど……別に可愛くないし」 「ほんとに? ……お坊ちゃん、嘘はいけませんよ、嘘は」 「いやいや、ほんとに(笑)」 「嘘つきの悪い子には……」 「……?」 と、急に彼は腕を解いて座り直した。 「新しいお紅茶持ってくるから、それ飲んだら教室戻ろうか」 テーブルのロイヤルミルクティーはすっかり冷めていた。 ☆葵Side1☆ あれから教室に戻って、何食わぬ顔で過ごして。 帰りのホームルームで回ってきたプリントへ手を出したとき、自分の手にふと目がいった。 てて、ねぇ……。 俺の手はたしかに綺麗だと昔から有名だけど、わざわざそれを呼び名にするかね? しかも「お手手」って、幼児語じゃないか。ぐぅは面白いな。 思わず右手をちょっと空中にかざして見ていたら、 「藤堂くん、何してるの?」 不意に後ろから女子の声がした。 俺のことは皆、同級生たちは藤堂くんか藤堂さん、と呼ぶ。 上級生は藤堂と呼ぶけど先生方や客人がいるときなど、人前ではやはり、「くん」か「さん」で呼ぶ。 この学校は武家用の塾だったから、いまだに創立者の藤堂家当主・次期当主への敬意や上下関係がある。だから学長ですら、おいそれと俺を怒ったり、何かするなんてできないし、先生方も俺へは、「さん」か「くん」付けだ。 「……」 媚が入ってるその声に、ちっ、と内心舌打ちをする。 せっかく楽しい気分だったのに、よくも邪魔したな。 「……ちょっと手見ただけだけど」 それが何か?と、胡乱な目を投げてやる。 あぁ、こいつ浅野か。 俺の視線に詰まったようだけど、次の瞬間 「……うっ!!」 隣のぐぅが小さく呻いて息を詰めた。 いきなり浅野が背中を思いっきり、ぶっ叩いたからだ。 「あんた何様!? ちょっと美人だからって、なに調子乗ってんの?」 イラっとするが、これだけでは俺は立場上、声はまだ出せない。 その理由が判明するまでは、だ。 でも、来てまだ1ヶ月とたってないこいつが何をしたっていうんだ。 少なくとも俺が見てる限りは平穏無事って感じだけどねぇ。 黙って首を捻ると 「あんたさ。ちょっと呼び出されたからって、女子のくせにちゃっかり藤堂くんの隣になるなんて、どういうことなわけ?どんな汚い手使ったの? なに、体でも投げ出したの?」 教室中に響き渡る大声。 ぐぅと違って、きったない声だなぁ、おい。 ぐぅはびっくりして、ただ目を丸くして固まっている。 あ…… そうか。俺しかぐぅが男だって知らないんだったな。 そりゃ俺が迂闊だった。 「あのな、ぐー。お前来たばっかりで知らないからしょうがないんだけど、俺の席の前後左右斜め360度全部、女子は絶対いないように決めてあるんだ」 背中はだいじょうぶかと聞くと、嘘か本当か、こくっと黙って頷く。 なんだよその可愛さ! こくっ☆って、もう…… お前は子供か! 可愛すぎるだろ……。 思わず目尻が下がりかけるが、慌てて我慢する。 これは何か早急に考えないとまずそうだな。 でも…… 「浅野」 「うん、なぁに?」 急に媚びた声と顔するんじゃない。そんなの、微塵の「み」の字も可愛くも屁でもない。 お前なんか比べものにもならないんだから、とっとと失せろ。 ……とは、さすがに口には出さないけど。 「そりゃあ随分と俺に、失礼極まりないこと言ってくれるな」 ゆっくり立ち上がって上から見下ろしてやる。 俺は180近くあるので、平均的身長らしい浅野をかなり見下ろすことになる。 「俺がそういうことに惑わされるような低俗な人間とはいったい、どういうことだ」 「あ……」 腕組みしながらじろりと睨むと、さっきの威勢はどこへやら。 「……そ、そんなこと言ってな……」 「いーや、言った。こいつに『体でも投げ出したの?』って。つまりそれって、それで俺が隣を許可した、と言ったも同然じゃないか。ん?」 「……」 そんなおどおどしたような顔したって駄目なんだよ。 思ってなきゃそんな発想、出ないからな。 「何が違うっていうんだ。違うなら何か言ってみろ」 重ねて言うと、浅野はうろたえ始めた。 すがるように他の席にいる友達たちを見るが、みんな目を合わせようとしない。 「それとな。ぐーが俺の隣になったのは、そもそもお前たちが『面倒な席の位置だから押しつけた』のぐらい、俺はわかってるんだよ。そういう時だけ、押しつけるんだな。それにじゃんけんで負けたからこの席なんであって、もしかしたら違う奴だっただろ。それのどこが、ぐーが悪いんだ。何ひとつ、ぐーのせいは無いはずだがな」 「……」 「そうじゃないと、言えるもんなら言ってみろ」 浅野は何も言えずに黙っている。 そして俺はあることに気付いた。 「まさか……。押しつけて、わざとこの席にさせようとしたの、お前なんじゃないだろうな」 俺は浅野の肩が僅かに揺れたのを見逃さなかった。 こいつ……っ! 「なんで俺が教室で2つの席しか座らないか、なぜ360度女子を排除してるか、理由を知りもしないで、勝手な面倒ごとを起こすんじゃない! 無駄に俺の用を増やすな!!」 しーんと静まりかえっている教室に、さぞ俺の声は……いや、廊下や隣の教室にまで聞こえてることだろう。 浅野は初めて俺に怒られて、どうしていいかわからず俯いているだけだ。 まぁ、反論したくても何もできないしな。 「なぜ否定しない? 席替えで事前に画策したのは本当にお前か? 否定しない限り、そうだということでうちの当主へ報告だ」 報告と聞いて、途端に浅野はぶんぶんと首を振る。 「じゃあ、なんだ。どういうことなんだ、あれは」 「……」 イラついて怒鳴りつけたくなるのを抑えようと、俺は溜息をついた。 「黙るのは卑怯だって、わかってるんだろうな。……他に何か言うことは?」 「……」 黙秘するとは図々しい。こいつ女子だけど、ほんとに蹴っ倒してやろうか。 ぐぅが黙っちゃうのは可愛いけど、お前はちっとも可愛くない。 それどころか、イラつかせるだけだ。 「……そうか。お前はごめん、という言葉を知らないようだな」 まったく、どこまでもいい度胸してるな。 「来たばっかりで何も知らないぐーへ、まだいろいろ教えてやってない俺にも非はある。これから徐々に教えていこうと思っていたところなんだ」 「……ふぅん。そんなの私達が教えるからいいのに」 思わず出た言葉だったんだろう。 小さく呟いたその声は、超面白くなさそうだ。 お前たちに任せたら、初日に大怪我か、下手すりゃ死にそうじゃないか。 「そんなの、とはなかなかな言い草だな。『そんなの』で、そんな軽々しいことで悪かったな」 「あ……」 浅野って実は、相当抜けてんのか? それとも考えなしに、思いつくまま口にしちゃうのか? 「そんな程度の規則や決まりなんだから、お前は守らないで破ればいいじゃないか」 「……」 「でも、それがあるから平和が保たれてるのは確かなはずだけどな。 ……ところで、俺へは謝らなくていいのか? へぇ。いつから浅野はそんなに偉くなったんだ」 それに、と続けてやる。 「ぐーへも謝れ。何もしてないのに、いきなり背中を思いっきり叩くとはどういうことだ。もしそれで当たりどころが悪くて死んだり何かあったら、どう責任取るんだ?このことは成瀬家にも伝えておく。今度何か面倒ごと起こしたら……本当に怒るぞ」 「……っ」 「わかったら行っていい」 浅野はぐぅを一瞬睨むなり、教室から出ていった。 ☆葵Side2☆ 帰りの礼をして担任が消えたあとすぐ、メモ帳にちょっと書いてぐぅへ渡す。 へぇ~。ぐぅは読むの速いな、きっと。 一瞬びっくりしてたけど、目を落とすなりすぐスマホを出して打ち始めたから、これは速いはず。……あ、俺も打たないとな。 「終わった?」 声を出さずにそっと聞くと。 うん、って小さく頷くぐぅは、男なのに可愛すぎる(笑) 可愛すぎて、つい、口が緩みそうになるのを耐える。 紫の間でジャケットをハンガーにかけていると、ピンポーンと鳴った。 「お、来たな」 やりかけのままドアまで行く。 「背中ほんとに平気か?」 後ろを振り返りながら聞くと、「うん、平気」って。 ほんとにそうならいいけどさ、無理すんなよ。 けっこうな勢いだったからなぁ。 「ほんとのほんとに?」 ソファーに顎をやりながら、俺は向かいに座る。 「「あ」」 同時に声を出す。 ぐぅのソファーに、俺のジャケットやりかけハンガーが…(笑) 「どこにかけんの? かけるとこあんの?」 「ん? あぁ、クローゼットはあっち」 「ふーん。そんなのまであんの? 凄いね(笑)」 「まぁね。一応、俺の執務室みたいなもんだから(笑)」 「そっか」 そのあいだに奥でお湯を沸かして紅茶の缶を出していると、ぴょこっと可愛いものが覗いた。 「もう終わったの? 早いね(笑)」 ちょっと驚く俺に嬉しそうに笑うと、 「へぇ~、キッチンもあるんだ~」 なんて、感心したように言う。 「簡易だけどね。入っていいよ」 「おじゃましま~す」 「どうぞ~って、なんだよそれ」 「え?」 「ただのキッチンなのに」 「一応、藤堂さんのところだから(笑)」 「一応(笑)」 べつにお前はいくら来たって、お邪魔じゃないけどな。 ま、んなこたぁ、どうでもいいんだけど。 ソファーに戻って一息つく。 「ぐぅさぁ。さっきのあのバカ女、俺からこういうことがあったって、言っておくから」 「どこに?」 「お前んちとあのバカんち。我が家への報告は当然だからカウントには入らな…」 「言わないで!!」 「!?」 突然の大声に、思わずカップの手が止まる。 「なんで。あれ酷いぞ?」 「……どうしても」 「でも、ぐぅんちは言うべきだ」 「だめ!」 「だめぇ?」 ぐぅは数秒俺を見つめると、何か言いたげに、でも視線を逸らして息を吐いた。 その逸らし方がぎこちなくて、かえって反対に真実味があり、俺を止めさせた。 「………わかった。でも今回だけだからな。次はダメだよ」 あのおとなしいぐぅが声をあげるんだから、何か理由があるんだろう。 「うん。ありがとう!」 ぱぁぁっと嬉しさ弾ける、っていうのがぴったりの可愛い顔に、笑いながら視線を外す。 これ、ダメすぎるんだよ……。なんなんだよお前は。 額に手をやりながら溜息を殺す。 「ぐぅ。お前、その顔すんの気をつけたほうがいいような気がするんだけど」 「なんで?」 きょとんとしているのがまた可愛らしいとは……! なんだあの可愛い、綺麗な二重のお目目は! 「その顔っつーか、お目目がだな……」 何と言っていいか迷って、もごもごする。 同性の男相手に「可愛い」連呼って、さすがに失礼だからな。 そもそも、そんなにしょっちゅう、そう感じたり思うこと自体がおかしいし。 本人も言ってたけど、男ってそんなに可愛い生き物じゃないからな。 つーか、気がするじゃなくて、したらよくないって相場は決まってんだよ!(笑) 「普段こんな顔するわけないから平気だよ~」 そうかぁ? そうなのか? ほんとかよ。 「そのわりにはすぐ出るぞ、その顔」 「ててだからねぇ~」 こら、そんなに嬉しそうに満面でニコニコするな。 なんだその「おめめ」は! こういう時のお前の場合、目じゃなくて「おめめ」なんだよ(笑) さっと左隣に座ると、右手でぐぅの目を隠す。 「なに?」 「……べつに」 しかし今度は綺麗な高い鼻と、薄い上唇と可愛い下唇が目に入るわけで…… 「……」 息を吸って吐いて…… なんとか気持ちを落ち着かせようとする。 すると「てて、お手手放して」と右手首を握られた。 ほぉ~。手首だとジョンヒョンとサンヒョクは出てこないらしい。面白いな。 「てて?」 「ん? あ、あぁ、うん」 そっと放してやると、急に明るくなった視界に目をぱちくりさせながら、俺を見る。 「そういえばてては、なんでさっき僕が男だって、浅野に言わなかったの?」 ☆薫Side1☆ 浅野に背中を叩かれたとき、隣席のてては物凄く怒っていた。 深く静かに。 見ていて、怒鳴りたいのを我慢してるのがわかった。 そして何も知らなかったはずなのに、浅野に「席替えを仕組んで押しつけたのはお前だろ」と詰問して、見抜いていた。 どうしてわかったの? って聞きたかったけど、そうすると今度は、そのことをててに言わなかったことを怒られそうだから、言えなかった。 でも、てては僕が男だとどうして言わなかったんだろう。言えば一瞬で解決したのに。 これは聞いて然るべきだよね。 そしたら 「あれでもし俺がそう言ったら、今度はぐぅが事実を隠してた、騙してたって言われて、またぐぅが大変な目にあうだけだと思って。 それになぜ俺が知ってるのかってことで、それはそれでまた面倒じゃん」 と答えたあと、 「俺だけが知ってるってのも楽しいからいいんだよ♪」 って、けっこうご機嫌だった(笑) てての隣の席になるまでは、実はちょいちょいさりげなく、いろんな嫌がらせはあった。 ただ、それを彼に言わなかっただけだ。まだこんなには仲良くなかったし。 そしてLINEも電話番号もメアドも(一応、LINEだけだと万が一のとき困るからね)交換して、気がつけば相当仲良くなっていた。 でも、教室ではあまりそういう素振りは見せないようにして……。 この世で二人だけの、絶対的秘密の共有。 自分だけが知る素顔たち。 1つ増えるごとに、僕の笑顔も増えていく。 座席はあの一件で逆に、ててが「学校のことをちゃんと成瀬に教えて、皆がそういうことをしないように見張りたいから」と言ったことで、そのまま隣となっている。 浅野の一派は自業自得、自ら首を絞めたわけだ。   ×     ×     ×     ×     ×     × 桜が咲いていた校庭は、夏の強い日差しに光っている。 「あっつ~!」 昼休み、席で読書しながらうちわで仰いでると、スマホが光った。 見ると、ててからのLINEだ。 てて『今日、放課後ちょっと仕事手伝ってほしいんだけど、空いてる?』 今日は特に用事はなかったから、空いてる。 それにうちは両親とも会社の社長だから、殆ど遅めの夜にしか帰ってこない。 代々の家臣たちの一部が、今でも運転手やお手伝いさんとしてうちで働いてるけど、家族という意味では、家でも僕は一人で自由だ(笑) 僕『いいよ~。目安でいいんだけど、何時ごろまでかかりそう?』 てて『遅くなりそう(笑)』 僕『え~? めんどくさっ! やっぱやめとく(笑)』 てて『夕飯奢ろうかと思ってんだけど』 僕『OK!』 てて『それならいいのかよ! お前、食い気ありすぎだろ(笑)』 僕『自分だってよく食べるくせに。……手伝ってほしいんでしょ?』 てて『……はい』 僕『今日は帰り、何だって?』 てて『帰り、遅くなると思いますが、仕事を手伝ってほしいです。夕飯は奢りますので、どうかお願いします』 おぉ~、素直でよろしい! これが学校で一番の人気者の態度かと思うと、優越感が凄い。 しかも「あの」ドが100個ぐらいつくハンサムだぞ。 も~、ニヤニヤする顔を引き締めるのに苦労する。 他人が見たら、ただのアヤシイ人じゃん、僕(笑) 帰りのホームルームが終わると、とっとと3階へ向かった。 インターホンを押すと、「開いてるから入ってきて」の声。 もはや勝手知ったる場所となったここに来るのは、もう何回目なんだろう。 後ろ手に鍵を締め、部屋へ行くと……。 「……っ!」 ちょっと僕は、声をかけずに入ったことを後悔した。 ☆薫Side2☆ 大きい執務机に積まれている書類。 椅子に座り、綺麗な手を顎にやりながら真剣に書類を読んでいるてては…… その横顔も姿自体もカッコよすぎて、さまになりすぎて。 あまりにも美しすぎて… 僕は息をのんだっきり、動けなかった。 白いワイシャツに黒のネクタイしてるだけなんだけどね。 ジャケットに隠れている広い肩幅。 実は意外と腕や胸板があるのは、僕はすでに何回も感じていて知っている。 てては時々、僕を抱き寄せたり抱き締めたりするから。 形のいい頭。 あの後頭部は丸くて可愛くて、ちょっとさわってみたくなる。 彫刻が息して動いたら、きっとこの横顔なんだろう。 額から顎までと、顎のラインが完璧すぎて、けちをつける場所を探すほうが大変な苦労だ。 もっとも、最初からそんなもの、彼には無い。 動かずに黙々と読んでいるさまは、まるで一枚の絵のようで。 この一瞬を切り取って額に入れるだけで、美術館に収蔵できる。 この人に触られているペンも、着られている服も幸せ者だ。 ということは、この人から触られることがある僕もそうってことでもある。 恐らく僕は、彼に触っても許される人間の一人であることは間違いない。 少なくとも、寄っかかったり手を掴んだり握ってもいいのは確かだ。 好き勝手に触ってもいいのかどうかまではわからないけど。 でも前に、いきなり左腿叩いてツッコんだとき、ご機嫌だったっけ。 それってたまたま?それとも僕だから? まぁ、それはともかく。ほんとに、ててのその顔、反則! ……なんて色々思いながら見ていたら 「そんなに俺ばっかり見てなくていいから、こっちきて手伝って」 急に椅子をクルッと回し、僕を見てにっこりする。 いきなりこっちを見てきて目が合ったので、僕は驚いて…… なぜか緊張して焦った。 見てたことがバレてて恥ずかしいっていうのもあるけど、なんというかこう…… 物凄く心臓がキュッ!としたんだ。 それと同時に体も固まって動けないでいると、長い脚でスタスタと来て、 「俺の何が反則なの?」 と覗き込んできた。 その瞬間、どんなに僕が動揺したか、ててにはわからないと思う。 この顔に至近距離で覗き込まれて動揺しない人間はいないだろう。 さっきの心臓だってまだ落ち着いてないのに、また跳ね上がったら。 ……それって下手したら死ぬやつじゃん。 「反則?」 脈が速くなってるのは置いといて。 固まってる喉からどうにか声を出すと、ててはニヤッとしながら僕のおでこを、ちょん、とつついた。 「今、『てて、その顔反則』って言ってたじゃん」 一気に顔が赤くなるのがわかる。 なんだって? まさか無意識に声に出てたとは! 「言ってない、言ってない。黙ってたもん」 慌てて手をぶんぶんすると、ますますニヤニヤしながら今度は僕の鼻を軽く摘まんだ。 「っ!!」 僕の目を超間近で見つめながら 「へぇ~? そうなんだ? じゃあ、そういうことにしておいてあげる。俺は優しいからねぇ」 ―― 特にぐぅ、お前にはね。 ―― 左耳を掠めた囁きの言葉に気付いたとき、彼は机からファイルを取り上げるところだった。 その動作一つすらもかっこいいだなんて、てては存在自体が罪なんじゃないの? 「お~い、ぐぅ? 戻ってこーい(笑)」 頭を強めに撫でられて、我に返る。 どうやらぼ~っとしてたらしい。 「まだ夕飯の時間まで時間あるから、先にちょっと手伝って。これ、中の書類全部、名前順に入れ替えてくれる?」 目の前に出されたファイルを受け取ったのはいいけど 「どこでやればいい?」 席がないような気がする。 「あ、悪い悪い。まさか立ったままはね」 ててはソファーから一人用のを動かして、執務机の向かいに置いた。 「向かい?」 「……イヤ?」 その声と視線は心なしか、僕の機嫌を伺ってるように感じた。 「そんなことないない! ててがイヤとか、僕絶対ありえないから!」 即答する僕に、「そっか☆」と嬉しそうな顔をする。 なんか…… 今もしかして、結構恥ずかしいこと言ったような気がするんだけど。 ま、まぁ、ててが喜んだなら、それでいっか。 それにしても、あんなに綺麗な顔なのに、笑うとどうしてこんなにも可愛くなるわけ? だから反則だっていうんだよ。 目が細くなって、綺麗なお口が開く。 う~ん、てては歯並びまでも綺麗なんだなぁ。 っていうか、ほんとに嬉しそうな顔なんですけど(笑) まさか実は、ちょっと不安だったとか? 人気者のててに限って、そんな馬鹿な…。 そもそも、僕がててを嫌がるわけないのに。 本当に嬉しかったり可笑しいのが伝わってくる顔に、見てるほうもつられて一緒に笑顔になる。その可愛さは、一度見たら忘れられないほどだ。 作業していても、つい、さっきの言葉が蘇る。 『特にぐぅ、お前にはね』 それって…… いやいやいや。何か期待しそうになっちゃいけない。 僕が特別なわけじゃない。他にも仲良しや親友とかいるだろうし。 仲良い友達。転校生だから世話焼いてくれて、それで仲良くなっただけ。 ただ、それだけ。そう、それだけ…… さっきから何回も止まりかける頭へ、理性を総動員して現実に戻る。 さぁ、夕飯までにできるだけやっちゃおう! ☆葵Side1☆ 暑いなぁ。 窓際の席だと夏は試練だな。 まぁ、隣が異常に可愛いからいいけどさ。 ほんっと、ぐぅは可愛いよなぁ。 だいぶ仲良くなったけど、人前ではなるべく普通にしてるから、皆は気付いていないはず。 ん? 普通? 普通ってなんだ、人前では普通って(笑) まぁな~。2人の時だと仲良くやってるからな~。 皆の前では本当に静かにしてるけど、俺の前だと途端に、普通の男の子してるのがウケる。 ちょうど今、隣で寝てるけど、あ~、席反対にしたいな。 ぐぅが窓側のほうがいいかも。ってまぁ、無理な話なんだけど。 色白で、綺麗で可愛いお目目して(これは俺の前限定か?)、鼻も高くて、ほっぺと唇は可愛くて。俺より華奢で、背も俺よりは低くて、まだちょっと中学生が抜けてないっぽいのも可愛い。 こういう感じの女子、いそうだよな、うん。 まぁ、実際にこんな美人で可愛いのはいないと思うけど。 下手な女子なんかより、よっぽどこいつのほうがいい。 男同士だから気楽だし、面倒起こすわけないし、うるさくないし、いい。 すーすー寝てるけど、なんだよこのほっぺは! ちょっと「ふに~」って、つまんでみたくなるだろ。 今授業中だからそんなことできないけど……。 ぐぅを盗み見してたら、内ポケが震えた。 あ~。この振動はうちの会社の役員か。 仕事を学校まで持ってきてくれるのはありがたいけど、うざいんだよな~(笑) いくら次期当主とはいえ、俺まだ15歳です、はい。 これからやっと16歳なんですけど? でもよく考えると、江戸時代と変わらない仕事人生ってのが面白い。 当時は人生平均50年弱だし、武家の家督相続は普通17歳からだ。 でも数え年だから、実際には15か16ってことなんだよな。つまり今の俺と同じ。 そう考えると、数代前の御祖父様までは江戸時代だから、まさにこんな感じだったんだろうなぁ。 スマホを素早く確認すると、やっぱりそうだった。 書類とファイルをお持ちします、か。 どれぐらい持ってくるんだろう。 量多いのかなぁ。 …そうだ。ちょっと慣れさせるか。 それで俺の秘書的存在にしてしまえば、ぐぅはいつもあの部屋にいるし、俺の目の届くところにいて安全だし、一石二鳥だ。 いいこと思いついた♪ あとで聞いてみよっと。 ☆葵Side2☆ 放課後さっそく仕事に取り掛かると、ぐぅがやってきた。 なに、部屋の入口に突っ立ってるんだよ。 ほぉ~、どうやらあれは俺を見て、ぼ~っとしてるらしいな。 なになに?「てて、その顔、反則」だと? ふふふ、何を言うかと思えば、そんなことか。 俺に見とれちゃって可愛いヤツ(笑) 俺もお前の可愛らしさ、反則だと思うぞ? 目の端で様子を確認すると、頃合いを見て声をかけた。 ハハハ、可愛いな~!案の定、超びっくりして、あわくってんの(笑) 物凄い勢いで固まって、超絶緊張してるけど、理由が想像つくだけに可笑しい。 焦らせてごめんな。でも、予想通りの反応、ありがとう。 お前をそうさせたくて、急にそうしたんだよ(笑) 笑いをかみ殺すのに、顔中の筋肉を総動員する羽目になった。 「俺の何が反則だって?」 わざと聞いてみたら、一瞬で顔がゆでだこみたいになっちゃって……。 お前、ほんっとに可愛すぎて、ダメだよ。わかりやすすぎるし。 思ってることが無意識に声に出るって、相当だぞそれ。 ぐぅ、わかってんのか? 必死に否定してるけど、そんなに否定しなくたっていいじゃないか。 言ってたのは事実なんだし。 ちょっとむかついて、綺麗な鼻を摘まんでやる。 まぁ、それ以上は可哀想だと思って「そういうことにしといてあげる。俺は優しいからねぇ」って言ったけど、でも……。 ごめん。そのさまが可愛すぎるから、さらにアワアワさせてみたくて、つい、耳元で 「特にぐぅ、お前にはね」って囁いてみたら…。 すっかり固まって、茫然としてたな(笑) なんて言われたのか、理解するのに少し時間かかってる。 そんなに衝撃的だったかな? こりゃ面白いことを発見だ。ぐぅは耳が弱いらしい(笑) しかも俺が急に見たり、目が合ったりすると、瞬時に慌てるのが可愛すぎる。 そう。ぐぅは何しても可愛すぎて……困る。 俺の向かいで一所懸命、書類の仕分けをしてくれてるが、つくづく可愛い頭の形をしてると思う。なんだよ、その可愛すぎる頭は。 こいつ、俺の弟だったらよかったのに。 そしたらいつも一緒で、いつも隣にいて、いつも可愛がって、いつも守ってやるのに。 「……」 数秒その頭を見ていたけど我慢できなくて、そっと立ち上がると机に手をついて腕を伸ばす。 頭を撫で、そのまま耳から頬へと滑らせた。 ビクッとしたのがわかったけど、拒否の揺れじゃないのはわかってるから、そのまま…… 頬を数回上下に撫でてから顎へ。 あ~、ほんとすべすべで気持ちいいほっぺだなぁ。 ふにふにで柔らかいし、最高じゃん。 そしてちょっと顎を持ち上げると、目が合う……かと思いきや、目を閉じて気持ちよさそうな顔をしていて驚いた。 そんなに俺の手は気持ちいいのか? そして赤い可愛い唇に吸い寄せられるように、親指でわずかに触れたら…… 「!?」 今度は俺が固まる番だった。 ☆薫Side1☆ ふふふ……。 してやったり、とはこういうことを言うんだよ。 てて、わかった?(笑) 僕ばっかり焦ったり緊張してるのが悔しくて、ててが顔撫でてきたから反撃してやった。 唇を触った親指に、ちゅって吸いついて、ちろって僅かに舐めたら…… 予想通り、びくっ! ってして、すんごい固まってんの(笑) 一瞬、目、大きく見開いてたな~。 すぐ手引っ込めるかと思ったけど、びっくりしすぎたのか固まっちゃって、そのまんまの体勢でいるのが可笑しかった。 僕はファイルから離して両手をつくと腰を浮かせ、固まってるてての左耳に囁く。 「いつまでもこれじゃ作業できないでしょ? 誰かさんのために、早く終わらせたいんだよ。僕は優しいから。特にてて、君にはね」 僕よりちょっと背が高いから、首を伸ばして言ったけど。 言ってる最中、今までそんなこと言ったことも考えたこともないから、あまりにドキドキしすぎて心臓が大変だった。 なんだよ。つまり結果的に、僕って彼にやられてばっかりじゃん。 なんか……不公平だよな~、それって。 まぁ、こんなにも全て綺麗な人間っていないから、こういうことできる僕の特権? 活(い)かさなきゃね。 たぶん、服に隠れてる部分も全部綺麗なんじゃないの? ……って、何考えてるんだろう(笑) ……あれ? ててはまだ固まってるの? なに、あんなに余裕だったのに、どうしたの(笑) 実はこういうの慣れてない? っていうか、もしかして……いつも特別でお一人様すぎて、こういう経験値ゼロとか……? でもそしたら、さっきのもそうだし、いつもの抱き寄せたりするのも自然すぎるんだけど。 あぁ、自分がやるのはいいけど、されるのは慣れてないってこと? まぁねぇ。 あんだけ教室の座席も一人、学校でもここで一人、帰宅しても屋敷で一人だから、しょうがないのかな。 そうだよ。ててと仲良くつるんだりしてる人、見たことないよな。 たぶん……皆の前では普通にしてるけど、きっと僕ぐらい? 電話やメールも会社や一族の人ばっかりっぽいし……。 案外、実は本当に一人なのかもな~。 それから少ししてやっと椅子に座った彼に、ほくそ笑む。 ふぅん。これは面白いことに気付いたぞ。 たぶん、てての弱点の一つはこれだな。ふっふっふ。 よし。なんだかんだ、とっとと作業は進んで、思ったより早く終わりそう。 「お、ぐぅ早いなぁ。そろそろ着替えて」 ときた。 やっと通常のててに戻ったらしい。 「着替えて?」 「うん」 「着替えなんかあるわけないじゃん」 「いや、それがあるんだよ(笑)」 こっち来て、と言うので立ち上がると、キッチンの横にあるドアを開けたのでついていく。 てての後ろから覗き込んで、びっくりした。 「え? なにこの部屋?」 「まぁ、入って。そこにぐぅの服置いてあるから、着替えてね」 と言うと、ててはドアを閉めて行ってしまう。 「……」 目の前にはベッドとテーブル、椅子がある。 キッチンもあるし、もしかしてこの部屋で徹夜した時用の寝室なのかなぁ。 ベッドの上にはスーツ1着……じゃない、ネクタイ数本と一緒に、数着置いてあるんですけど? 「僕のサイズ知らないだろ……」 思わず呟きながら手に取る。 「?」 これ…… もしかしなくても、ててのスーツじゃないの? ぐぅの服って、紛らわしい言い方するなぁ。 そうだよね。 僕のサイズとか知らないはずだから、とりあえず自分のを、だよね。 案の定全部、ててのイニシャルが入ってる。 僕のほうが細いし、背も低いから、ちょっと大きいかなぁ。 まぁ、小さくてキツキツ、パッツパツよりいいか。 ネクタイ、どれにしようかな~。 とりあえずシンプルなのにするか。 「てて~」 ドアを開けるとすぐやってきた。 「おぉ~! さすがぐぅ、よく似合うな~! なんか可愛……いや、カッコいいぞ!」 頭を撫でられながら、「なんかって余計だよ」とツッコむ。 「急だったから、俺のでごめんな。お、サイズちょうどいいか。良かった良かった」 「サイズ一緒なの? ってか、なんでサイズ知ってんの?」 するとててはニヤッと笑った。 「いや、知らない。だけど俺よりちょっとだけ低くて、少し細いから、俺が似たような体格だった時のを出したんだよ」 早く俺と同じぐらいになれよ、と呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。 「着替えなきゃいけないような店なの?」 「つーか制服じゃなぁ。俺だけスーツじゃ変じゃん」 「たしかに(笑)」 校舎を出ると、校門に車が停まってる。 ててんちの車だ。 「タクシーじゃないの?」 「うん、違う」 乗るとすぐ、車は走りだした。 ☆薫Side2☆ 着いたレストランは車で20分ぐらいの高級デパートの地下にあった。 入口に中世の騎士の甲冑があって、薄暗く、大人の雰囲気。 中を覗くと案の定、客は大人しかいない。 当然、ぱっと見た限りでは僕たちは最年少のお客だ。 てての言うとおり、スーツじゃないと相当浮いただろうな。 「予約しておいた藤堂です」 「はい、藤堂様ですね。いつもありがとうございます。ではお席はこちらですので、ご案内致します」 「てて、予約したの?」 ててのすぐ後ろにいる僕は、歩きながらくいくい、と左手でてての裾を引っ張りながら聞く。 「……」 てては半分顔だけ振り返ると、黙って頷いた。 おぉ、かっこいい! ただそれだけなんだけど、なんかかっこよすぎて困る(笑) なんなの、その完璧な輪郭とか高くて綺麗な鼻とか、長いまつ毛とかまつ毛とか!! 不公平すぎるんだよ神様は~! スーツ着てて、予約してくれてあって……。 女子だったらどんだけ勘違いするだろうなぁ。 さぞかし舞い上がるだろうな。 完璧な美しさに一瞬ドキッとしながら、その気持ちをごまかそうと「中世のお城みたいな感じだね」と言うと、案内してくれてる店員が「左様でございます」と嬉しそうな声で答えた。 まさに中世のお城をイメージして造ったんだそうだ。 店内にはエレベーターがあり、乗ってさらに僕たちは地下2階へと下る。 ちゃんとエレベーター内もほの暗くしてあり、天井の小さなライトたちが夜空の星のよう。 案内されたのは個室。「Violet」という部屋で、紫を基調とした内装になっていた。 「まだ仕事中だから、席だけ予約したんだ」 「あ、そっか。あとどれくらいあるの?」 う~ん、と手を顎に首を傾げるのもさまになるって…… 「俺達次第かな」 ニヤッとしても、騙されないから。 「そりゃそうだよ(笑)うわ、まだ沢山あるんだね」 僕の言葉にてては下を向いて笑う。 あ、ジャケット脱いだ。ジャケットとネクタイとお揃いで、黒のベストか。 なんだかな~。ベストも似合うしさぁ、もう……この人なんなの? 存在自体が困るんですけど(笑) 見なければいいだけって話だけど、お互いしかいないし、どうしても視界に入るから…ン。 目の保養だけど目の毒って、どういうことだよ、ったく。 メニューを広げる。 「ぐぅ、サラダどれがいい?」 「何食べる? どれでも食べたいの食べていいよ。あ、でも眠くならない程度にな(笑)」 「ぐぅ、デザートは?」 眠くならない程度にって言われたけど、結果的に僕はかなり食べた(笑) 部屋を出てエレベーターを待つ。 「ぐぅ。お前ぜったい、あとで寝るだろ(笑)食べすぎだよ~」 「え~? 自分だってよく食べてたくせに」 「そんなことない。ちょいちょい俺のも欲しがってさぁ。あげただろ」 「へへ、まぁねぇ」 美味しいもので満腹の僕は、機嫌よく笑った。 てても笑ったけど、僕を見たら急に溜息をつき、エレベーターに乗った。 溜息?なんか僕やらかしたかなぁ。 思い返すけど、思いつかないから聞かなかったことにする。 べつに機嫌悪そうじゃないし。ててもお腹いっぱいで溜息ついたのかな?(笑) ……ん……? さっきっからなんか視線を感じるけど。 誰が見てるかなんてわかりすぎるから、気にしない気にしない。 「ぐぅ」 「ん?」 「それよく似合うね」 「そう? ありがと」 べつになんてことない、普通の紺のスーツだけど……ってそもそも、ててのだし。 こういう薄暗い中で小さいライトたちだけに照らされて隣同士だと、ただてては僕を見てるだけとはいえ、なんとも落ち着かない気分になる。見られてる感が凄いというか……。 会計を済ませ、駐車場に行く。 「ごちそうさまでした」 お辞儀をすると、くしゃくしゃっと頭を撫でられた。 「ふふ、これから頑張って仕事やってくれよ~」 「はぁい」 のんびり返事をすると、今度は頭をぽんぽんされた。 「子供みたいな言い方するなよ。可愛いって言うか、可愛すぎるだろ」 「そんなことないもん。そうだと何か困るの?」 にやっとすると、頬をびろーん、と伸ばされる。 「るさい。誰がそんなこと言った? 誰が何に困るって?」 むっとしてるけど、目が笑ってるから意味ないんだよ~だ。 戻された頬をさすりながら 「ったくもう、何すんだよ、ててったら。腫れたらどうすんだよ、ててぇ~!」 と言ったら、 「言い方、言い方!」 と笑う。 もちろん、ててが喜ぶからわざと言ってるに決まってるじゃん(笑) 「えぇ~? そんなこと言うの、ててだけだもん!」 と、軽く見上げたら。 てては息を吸いながら急に視線を外し、ちょっと横を向いた。 「あ、車来た。さ、乗ろう」 「……ててぇ……?」 あの~、車はまだ来てないんですけど……? もう、隠すの下手くそすぎない?(笑) この人もしかしなくても実は、かなり可愛いのかもしれない。 内心笑うと、ちょっとしてやってきた車へ何食わぬ顔で乗り込んだ。 ☆葵Side1☆ はぁ~っ。なんなんだよお前は。 俺のスーツとはいえ、似合いすぎるだろ。 もう、いい。そのままお前にそれやるよ。イニシャルそのままだけど、まぁいいよな。 あんなに俺の顔ばっかり見てるし、きっとまぁ俺のこと好きっぽそうだからな。 ファンっていうか……。 なぁ~にが「ててぇ~」だよ。可愛すぎんだろ! 誰かどうにかしてくれよ~。だめだろ、こんなに可愛いの。ダメすぎるだろ。 「そんなこと言うの、ててだけだもん」とか言ってたが、そっちこそ「そんな言い方するの、お前だけだ」っつーの! しかもなに、あの上目遣い。 あまりに可愛くて、心臓がきゅってして、まともに見れなかった。 息飲んで目を逸らすのが精一杯だった。 「ぐぅ」 ……って、俺の肩で寝てるし……。 どこまでかわいきゃ気が済むんだよ。 運転席とはカーテンで仕切ってあるのをいいことに、左肩の可愛い顔を覗き込む。 なんだろねぇ。 まつ毛は俺のほうが長そうだけど、鼻も高いし、なかなか綺麗な形してるし。 今は閉じられてるけど、綺麗な二重のお目目だし、くりくりしてて可愛いし。 いっつも俺のことばっか見てて、そのうち隠し撮りとか始めるんじゃないかって思うほどで。 教室での様子見てても、他のヤツにはしーんとしてるし。 ……ってあぁ、男だってバレないようにするにはそうするしかないか(笑) とりあえず俺と2人でいる時は相当なついてる感じだし。 こんなに可愛くて綺麗なのに、意外と声は低いんだよな。 本人には言ってないけど、ぐぅの低い声、実はけっこう気に入ってる。 それにしても、気持ちよさそうに寝てるなぁ。 あんなに食べて満腹だろうから、今、寝てて幸せだろう。 ……面白いからちょっと鼻つまんでみるか。 「……んんっ……」 おっ。右手で払おうとしてきたな。 もう一回つまもうとしたら 「……て……てぇ……」 と呟いて、すりすりっとさらに、左肩に顔を埋めてきた。 「……っ!」 なんて甘えた声出すんだよ! あまりの声に、いたたまれなくて思わず目を逸らす。 いや、あの~、左肩っていうか、首筋にさらさらの前髪がさわったんですけど…。 どうしてそんなに俺を落ち着かなくさせるんですか……?ぐぅ? 心なしか脈が速くなった気がするけど、気のせいだろう。 さ、もう少しで学校だ。もうちょっとこのままでいたいけど、起こさないとな。 ひとつ溜息をつくと、声をかける。 「ぐぅ。そろそろ着くから起きろ~」 「ん……」 たまたま左手がぐぅの右手に触れたから、無意識にそのまま握る。 ☆☆☆ 「ヒョン、おやすみ~」 「あぁ、ヒョク、おやすみ」 「ヒョン、ぎゅ~っ☆」 「うん、ぎゅ~っ(笑)」 ☆☆☆ 「!?」 なんだ今のは! えっ!?ヒョクって、俺…っていうか、ジョンヒョンと一緒のベッドで寝てんの!? つーか2人とも、くっついて寝ようとしてたよな? そうだった。俺達は手を握ると「あの2人」が見えるってのを、忘れてた。 そんなに手握ることって無いからなぁ。 すると 「!?……ぐぅ!?」 しかも同時に体が勝手に、「同じこと」をしようとするのも忘れてたから、ぐぅが俺に抱きついてきて… 完全に頭も体も固まった。 ……………えっっ!? ぐぅ、寝てるんじゃないの?起きてんのか? それとも、あの2人見たら、意識無くても勝手に体が動く……? ☆葵Side2☆ あの2人の光景も含め、いろいろ茫然としてるうちに、学校の塀が見えてきたことに気付く。 やばっ! 腰にはしっかりぐぅの腕が巻きついて、俺の胸に顔を押しつけて寝てる。 押しつけてって言えば聞こえはいいが、これ、「顔を埋めて」だよな…。 安心しきっちゃって可愛い……って、そういうことじゃなくて。 おい、いい加減起きろ~! 無理やり引っぺがそうとするけど 「……おい、嘘だろ……?」 なんで寧ろ「俺を抱き寄せる」んだ、こいつは!? 全身で寄りかかってくるな~! 「おいこら! ぐぅ!!」 あ、やばいどうしよう。車が停まった。 運転手がドア開ける前に、どうにかしなきゃ! 「着いたぞ、起きろ!!」 運転手が降りた! つーか、とりあえず腕を離せっ!! 可哀想だとは思ったが、げしっ!と思いっきり右の靴を蹴ったら、 「ん……?」 おぉ、起きたか。力が緩んだぞ。 いの一番に腰から腕を外した瞬間、運転手がドアを開けた。 「葵さま、着きま……? したが」 腕が離れたとはいえ、「腰から」離れただけで、まだ俺のお腹あたりに腕はある。 危ない危ない。一瞬だったからこれが限界だった。 そりゃ運転手が声を途切らせるのも当然だ。 お前、どっから馬鹿力出してんだよ。別に火事場じゃないだろ。 手間取らせるなぁ、もう。 俺は苦笑すると、口を開いた。 「満腹になったもんだから、俺によっかかって寝てたんだよ」 「あぁ、それで」 納得した顔に内心ホッとしながら頷く。 「ほら、ぐぅ、とりあえず降りろ~。お前が降りないと車が動けないからな」 「ん~」 あ~あ~、ぐにゃぐにゃじゃん。 「葵さま」 「あ、ぐぅの前ではいつも通りの呼び方で大丈夫だから」 「では、葵坊ちゃま。もしよろしければ、私がえ~、ぐぅ様? をあちら側から降ろしましょうか?」 「悪いけど、そうしてくれると助かるかも。それと、ぐぅは本当は薫だから。俺以外、ぐぅって呼ばないから、まぁ、お前さんは俺んちの人間ってことで、どっちでも好きに呼んでいいと思う。そういうふうにあとで言っとくから」 「承知致しました」 では、と彼は回り、ぐぅを車から降ろしてくれた。 「今日、お迎えは何時ごろにしましょうか?」 「う~ん… 遅くなりそうだから、もしかしたら泊まるかもしれないし、今日はもう上がっていいよ」 「…」 運転手の視線はぐぅにいく。 「ぐぅは今日、手伝ってくれるんだ。それで夕飯食べに連れてったんだよ」 「はぁ。ぐぅ様のお迎えには上がらなくてよろしいのですか?」 「…う~ん…。まぁ、この分だといらなさそうだな。寝室もあるし、キッチンもあるから、どうにでもなるから心配しないで」 「かしこまりました。では、そのようにお伝えしますので、お仕事頑張って下さい」 「ありがとう。じゃあ、また明日。おやすみなさい」 「また明日伺います。おやすみなさいませ」 さぁ、この寝坊助(ねぼすけ)ぐぅを連れて、執務室まで行かなきゃならない。 学校の監督官(?)の俺は、いつでも学校に出入りできるよう、専用の通用門がある。 もちろん、目立たない裏側に、だ。全校舎と教室・部屋の鍵も持っているので、通り抜けることもできるし、他にも執務室には脱出口を兼ねた、外からの違う通路があるから、人目につかず執務室に行くことができる。 今度、執務室のところにはエレベーター付けるか。 どうにかこうにか歩かせて執務室の前まで来たけど、ほんっとに階段はきつかった。 3階までほぼ俺が引きずり上げてる感じで、体力はほとんど消耗された気がする。 こうなったら仕事、全部お前にやらせるからな。 ……で、やっと何とか紫の間へ到着したのはいいけど…… ドア開けて鍵閉めたら、壁によりかかって、ずるずる~~って。 「寝るな! だから言ったろ、眠くなるほど食べるなって(呆)」 そのまま放置してソファーへ行こうとしたら、 「ててぇ~~~~~、てぇ~てぇ~~~~」 俺はぐぅの「ててぇ」にどうしようもなく弱いってことが、今、わかった。 後ろ向いてたけど、この甘えた声に、言い方に、無視できなくて振り返る。 「なに?」 すると両手を差し伸べて 「おんぶぅ~~~」 だと? 抱っこじゃないだけマシか…。 じゃなくて! 目つぶったまま言うな! しかもなんだよ、その口を尖らせてんのは!! 触りたくなるだろ! もう、あまりの甘えん坊に、笑いしか出ない(笑) 盛大に溜息をつきつつ、のろのろと戻る。 「なぁ。俺、お前をここまで連れてきて、すっごく疲れてんの。今度は俺が寝たいから、お前、残り仕事頑張ってくれ」 そう言うと、わかったのかわからないのか、でも頷いたから。 「しょうがないなぁ」 せめて立ち上がれよ、と立たせると、よっこらしょっとおんぶした。 しっかし、あんなに食べたとはいえ、こんなに眠くなるかねぇ? でもわざととは思えないし……。 もしかして睡眠時間、すんごく短いとか? だから寝れるとなったら、思いっきり寝ちゃうんだろうか。 ソファーに寝かせようと、とりあえずおぶったまま座る。 「よいしょ」 まず、靴を脱がせて。 ジャケットを脱がせて、ネクタイも外してやって。 ワイシャツのボタンは……2つと迷ったけど3つ外してやって、ソファーに寝かせた。 寝室から目覚まし時計を持ってきて、あと30分後に鳴るようにしてテーブルに置き、毛布を持ってってかけてやる。 「……」 そのまま行くにはあどけない寝顔がたまらなくて。 そっと頭を数回撫でてから俺は寝室に行き、ドアを閉めた。 さぁ、俺もちょっと寝てから仕事やるぞ! ……と思ったものの、一気に気が萎える。 なぜなら…… あ~。 ベッドの上に、さっきぐぅに貸そうと出してきた俺のスーツたちが乗ってる。 しまうのめんどくさ~。 そのままいつも俺が座ってるほうのソファーに乗せて、戻る。 スマホのアラームをセットして……よし、寝よう!! (続く)
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