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その後、何も知らされないままで、昼斗は健康診断のような検査を受けた。身長や体重を測定し、血液検査をされ、「健康ですね」と笑顔で医師に言われた。春に行われた大学においての結果と、何ら変わりはなかった。
食事は日に三度、入院食のような品が運ばれてくる。
部屋から出る事は許可されなかったが、出ようという気にもならなかった。
そうして三日が経過したその日、窓から西日が差し込む頃、ドアがノックされた。
緩慢に昼斗が視線を向けると、扉が開いて、スーツ姿の女性が入ってきた。彼女の一歩後ろの左右には、迷彩柄の服を着た青年が二名ずつ見えた。
「粕谷昼斗さんですね?」
その声には聞き覚えがあり、通信をしていた女性だと昼斗は判断した。
静かに頷くと、彼女もまた首を縦に動かした。
「私は、舞束と申します」
「舞束さん……」
セミロングの黒髪をしたその女性は、昼斗の母と同年代に思えた。母の年齢は四十五歳だった。母、と、そう考えた瞬間、嫌な光景が昼斗の脳裏を過ぎった。
「……蟻は、その……」
「蟻ではありません。Hoopの騎兵種です」
「Hoop……?」
「外惑星由来敵対的生物――日本語略称・外異種。世界的にはHostile Organisms From The Outer Planetから取ってHoopと呼ばれる存在です」
昼斗は何度か瞬きをしてみた。最近、瞬きをするのが癖になっている。その度に、夢が覚める事を期待しているのだが、その気配は一向にない。
「なんですか、それ?」
「貴方に分かりやすく言うならば、地球外生命体かな」
「え? あの蟻が? 宇宙人って事ですか?」
「知能の有無などは分かっていません。分かっているのは、外惑星より飛来し、人間を喰うという性質のみです」
舞束の声は冷ややかで、何処にも冗談めいた明るさはない。なのに最後に聞いたテレビの音声の明るい声よりも、ずっと現実味もない。
「ここは、Hoopに対抗するために建設された基地です。Hoopが出現した有事の際、人型戦略機で出撃し、Hoopを駆除しています」
「そんなニュース、聞いた事がありません」
「混乱が起きるので、情報統制をしています」
「混乱って、道路をあんなに沢山、巨大な蟻が歩いていたら、当然混乱するだろ?」
「通常、Hoopは一体ずつしか飛来しない。今回のように、幼生がダム湖の中に巣を作っていたケースは、世界的に見ても、初めてなの」
「幼生……?」
「ええ。小さかったでしょう?」
「いや? あのサイズの蟻は世界にはいない!」
「ですから、蟻ではなく、Hoopです」
「名前なんかどうでもいい! 俺の街はどうなったんだ? 情報統制って、俺の父さんと母さんもあんな風に喰われて……隠すなんて、もう無理だろ?」
「不運にもとある街が、ダムの決壊という災害により、盆地ごと巨大な湖になったという全国ニュースが、ここ数日、メディアを騒がせています。丁度、貴方の実家のあった街と同じ名前ね」
「なっ……」
目を見開いた昼斗を見ると、舞束がスッと目を鋭くした。
「人型戦略機は、パイロット適性が無ければ操縦出来ない。そして、まだまだパイロットの数は少ないのが実情なの。今後、貴方には、私の指揮下に入ってもらいます」
「は?」
「明日からは、こちらで用意した訓練を受けてもらいます。用件は、以上です」
「待ってくれ、それって……まさか俺に、あの蟻と戦えって言ってるのか!?」
「Hoopです」
舞束は、それだけ言うと出ていった。付き従っていた青年達も室内を後にした。
ベッドで上半身を起こしたままの状態で、暫しの間昼斗は呆然としていたのだった。
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