―― 序章 ――

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 昼斗に与えられたのは、前任のパイロットである煙道一佐が死亡し、空席となっていた人型戦略機エノシガイオスA-001という機体だった。  座学でまず記憶させられた事として、現在世界には十一体のエノシガイオス・シリーズと名付けられた人型戦略機が存在するのだという。A-001からA-011までが存在していて、現在B-001から始まる第二世代型を整備中らしい。両者の違いは、オリジナル機であるエノシガイオス・シリーズは、適性が無ければ操縦できないが、第二世代は特定の遺伝子を持つパイロットならば操縦可能であり、既に人工授精などが盛んに行われているのだという。開発中の第三世代型は、C-001から始まるそうだった。  人型戦略機は、昼斗が生まれるずっと前に開発されていたらしい。しかし量産は出来ないのだという。第一世代オリジナル機と呼ばれるAの型番の人型戦略機は、機密となっているため昼斗には理由が分からなかったが、既に製作が困難なのだという。 「Hoopに対抗するために生み出されたわけじゃないんだな」  ポツリと呟きながら、昼斗はタブレットの画面を眺める。Hoopの最初の飛来は、A-001の最初の軌道実験の後の日付で記載されていた。  Hoopには、女王種・騎兵種の二種類が、現在確認されているらしい。女王種は、昼斗から見れば巨大な雀蜂、騎兵種は忌々しい蟻だ。数年に一度、それらは一体ずつ飛来し、多くの場合成層圏に入った段階で迎撃・駆除しているらしい。つまり滅多に現れない上、飛来しても倒せるらしい。  少なくとも、過去はそうであった様子だ。本当に例外は、昼斗の実家の街であったらしい。どうして、よりにもよって――そんな思考に埋め尽くされる内に、今度は訓練機器を用いての実技が始まった。  訓練を開始して二年の間は、実動テストであっても、人型戦略機に搭乗し、成層圏まで出かけては帰ってくるという飛行訓練だった。Hoopは出てこない。このまま生涯出て来なければいいと昼斗は考えていたし、世界には他にも機体があり、パイロットがいるのだから、問題はないと次第に思い始めていた。また、偶発的にパイロットになった、たまたま適性があっただけの己よりも、生まれつき訓練を受けているというエリートが成長していると耳にし、出る幕が来ないままに、このまま、平穏に、全てが終わるのではないかと考えるようになった。  日がな一日、訓練をする。それ以外にやる事は――……一つだけあった。  基地で検査をしてくれる看護師の女性と、昼斗は親しくなった。  同じ歳で、話が合った。  瑳灘光莉(さなだひかり)という女性で、昼斗は訓練が終わると、彼女と待ち合わせをし、雑談をするようになった。それだけが、昼斗にとっての、プライベートと言える時間だった。明確に付き合おうと伝えた事は無かった。そんな昼斗が初めて好意を口にした時の言葉は、「結婚しよう」である。光莉はアーモンド型の瞳を瞬かせると、嬉しそうにはにかむようにして笑った。薄い茶色の髪と睫毛が揺れ、優し気な瞳には嬉しさが滲んでいた。 「弟に報告しなくちゃ」 「そうか」  光莉が語る弟の、昴の話は、昼斗も既に何度も聞いていた。五歳年下で、現在中学三年生なのだという。看護師として働いてはいるが、光莉もまたこの特殊な基地の人間だ。実際には――……地球防衛軍の軍人である。だから滅多に弟には会えないらしいのだが、とても親しいように、昼斗には見えた。  外部と通信する際は、必ず監視がつく。それを前提としてはいたのだろうが、光莉が弟の昴に連絡をしない日はないと、この頃には知っていた。そんな、大切な家族に自分の事を紹介してもらえるというのは、とても嬉しい事だ。  両親を喪い、一人になり、けれど再び、家族が出来ようとしていた。  Hoopだって、飛来しない。  このまま、幸せが戻ってくるのだろうと、昼斗は考えていた。  しかし世界は残酷で、そうはならなかった。
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