―― 第二章 ――

6/6
前へ
/74ページ
次へ
 夜になって、この日も同じベッドに入った。今日は少し早めに、一緒に寝台に上がったからと、壁際で上半身を起こしたまま、チラリと昼斗は昴を見る。昴はベッドに腰を下ろしていて、丁度顔を上げたところだった。目が合うと、二ッと口角を持ち上げて、昴が壁際にいる昼斗に詰め寄ってきた。そしてまた、掠め取るように唇を奪い、触れるだけのキスをした。不意打ちではあったが、真正面にある昴の麗しい(かんばせ)を目にした昼斗は、瞬時に赤面する。 「昴」 「ん?」 「……どうして俺にキスをするんだ?」 「どうして、って?」  昼斗の問いかけに対し、昴が純粋に不思議だという顔をして、ゆっくりと瞬きをした。 「こういうのは、好きな相手とだけ、した方がいい」  顔を背けて昼斗が言うと、昴がスッと目を鋭くしてから、手を伸ばした。そして昼斗の頬に触れて、自分の方を向かせる。 「してるだろう?」 「へ?」 「義兄さんの事が好きだから、キスをしてる」 「え……?」  昴が更に詰め寄ってきたため、昼斗は後退しようとしたが、右手には壁、左手には昴がいるため、これ以上動けない。告げられた言葉を理解するべく咀嚼している間にも、どんどん昴は近づいてくる。そのまま昴が、昼斗を横から抱きしめた。昼斗が目を見開く。 「好きだよ」  そう囁きながら、昴が右手の指で、昼斗の耳の後ろをなぞる。官能的な指からの刺激に、昼斗は思わずビクリとした。おろおろと視線を向けると、至近距離で目が合う。昴の顔が近づいてきて、そのまま再度キスをされた。だが今度は触れるだけではなく、昼斗の口腔へと昴の舌が忍び込んでくる。逃げようとした昼斗の舌を絡めとった昴は、片手では昼斗を抱き寄せ、もう片手ではその顎を掴み、より深く口づけを落とす。舌を引き摺り出された昼斗は、そのまま甘く噛まれた瞬間、肩を跳ねさせた。 「っ、ぁ……」  漸く唇が離れた時、呼吸をするのを忘れていたと気づいて、昼斗は必死で酸素を求めた。力が抜けてしまった体がフワフワしている。気づくと昴の胸板に倒れ込んでいて、あやすように背中を撫でられていた。 「ッ」  直後、舌で耳を蹂躙された。ぴちゃぴちゃと水音が響いてくる。ギュッと昼斗は目を閉じる。最近、朝などに抱きしめられている事はあったが、こんな風にはっきりと触れられたのは、浴室での一件を除けば、これが初めてだった。だがあの時は、手伝うという善意はあったかもしれないが、少なくとも好意があったとは、昼斗は思わない。今もそれは同じで、昴は『好きだ』と言ったけれど、昼斗には、そうは思えない。 「昴……離してくれ、ァ……」 「どうして? 勃ってるけど?」 「ぁ……」  昼斗の声を聞いた時、意地悪く笑いながら、左手で昴が、昼斗の陰茎を服の上から撫で上げた。そして右手で昼斗の体を優しく押し倒す。  ――雰囲気に飲み込まれてしまう。  だが、そうするわけにはいかない。そう念じ、昼斗は生理的な涙で潤んだ瞳を、昴に向ける。結果としては違うが、自分は〝義兄〟だ。 「昴、離せ」 「義兄さんは、俺が嫌い?」 「っ、俺は、お前の〝義兄さん〟なんだろう? だから、こういうのは――」 「……」 「あ、おい、っ、ぁあ!」  一瞬だけ昴の瞳が冷ややかになったのを昼斗が確認した直後、昴の左手が下衣の中へと入ってきた。直接的に陰茎を握られて、昼斗が喉を震わせる。 「あ、ぁ……っ、待っ……んン!」  手際よく昼斗のTシャツを脱がせた昴は、何も言わずに昼斗の右胸の突起に吸い付く。そうしながら左手では、昼斗の陰茎を扱き始める。押し返そうと手を伸ばした昼斗は、親指で強めに鈴口を刺激された瞬間、体を跳ねさせる。 「昴!」 「――昼斗」 「離せ」 「俺の質問には、答えてくれないの?」 「えっ?」 「俺の事、嫌いなの?」 「それは……けど……でもな、だ、だから……お前は、俺にとっても〝義弟(おとうと)〟で――っ、ひ!! あ、ああ!」  会話をしながら、昼斗の下衣を脱がせた昴は、また一瞬だけ瞳に冷たい色を宿してから、すぐにそれを消すと、微笑し手の動きを速めた。張りつめた昼斗の先端からは、透明な液が零れ始めている。 「昼斗。俺は昼斗が好きだよ」 「!」 「だから昼斗を抱きたい。ダメかな?」  どこか悲しげな目をし、昴が口元に苦笑を浮かべた。それが本音にはやはり思えなかったが、じっと見つめられると、昼斗は言葉が探せなくなってしまう。 「いいよね?」 「っ」 「昼斗。大好きだよ」  昴はそう言うと、ベッドサイドに手伸ばし、紫色のローションのボトルを手繰り寄せた。何に使うのだろうかと、前より昼斗が疑問に思っていた品から、液体を手に取ると、昴が昼斗の後孔に触れる。 「あ」  昼斗は状況を再確認し、今度は冷や汗をかいた。  ――抱きたい?  改めて考えて、男性同士がどのように性交渉するのか考える。 「待ってくれ、俺は男だし、それに――……ぁ!」  昼斗が言い終える前に、昴のぬめった右手の人差し指の先端が、昼斗の中へと入ってきた。ビクリとして目を見開いた昼斗は、一瞬動きを止めた。強い異物感に息を震わせた時、人差し指の第一関節まで入った。 「昴、ま、まさか本気で、俺を抱くつもりなのか!?」 「うん」 「……っ、待ってくれ。お前、お前は……」  そこで昼斗は気が付いた。直感した。 「そんなに……俺の事が嫌いなのか?」 「――え?」 「男が男を無理矢理、こんな――」 「性別なんて関係ないよ。何度も言ったと思うけどなぁ、『大好きだ』って」 「けど――」 「それに、無理矢理だとも思ってないよ」 「あっ、ッッ」  昴が少しだけ萎えた昼斗の陰茎を握りなおしながら、指を第二関節まで進めた。 「もっと気持ち良くしてあげたいだけだよ。分かる?」  囁いた昴の声は優しい。だがその瞳は冷たく思える。混乱しながら昼斗が瞬きをした時、昴が指を動かし始めた。昼斗の内側を確認するように、昴の指先が弧を描く。ローションのぬめりで痛みは無い。ゆっくりと指先が動いてから、さらに奥まで入ってくる。冷たかったローションの温度が、体温と同化していき、逆に熱く変わる。 「んぅ、っ」  人差し指が根元まで入りきり、昴がそれを振動させるように動かし始める。  もう一方の手では、昼斗の陰茎を擦っている。  その内に、中への違和感が薄れ始め、昼斗の呼吸が上がり始める。 「ぁァ……」  昴がローションを増やして、二本目の指も挿入した頃には、昼斗は抵抗する事よりも、呼吸をする事に、必死になっていた。両手でギュッとシーツを握りながら、困惑と情欲が同時に宿る黒い瞳を、昴に向け、涙ぐむ。全身が熱い。 「ひぁ……ッく」  二本の指先が、その時昼斗の内側の前立腺を掠めた。すると内側から生まれた熱が、陰茎に直結したように変化し、昼斗は思わず目を閉じる。涙が零れる。  ――気持ちがいい。  昼斗はそんな己の思考と体の状態に愕然とした。確かにこれでは、無理矢理だとはとても言えないように思えてきた。恐る恐る目を開けて、昴を見る。楽しそうな瞳をしている昴は、その視線に気づいた様子で、チラリと昼斗を見た。 「ここ、好いんだ?」 「あ、あ、あ」 「もっと声、聞かせてよ」  グリッと強めに昴が、昼斗の前立腺を刺激する。ジンジンと快楽が全身に響くように思えて、昼斗が体を震わせる。その後、三本目の指が入ってきた。 「あ……ああっ……」  バラバラに動き始めた昴の指に翻弄されながら、全身に汗をかいている昼斗は、艶やかな黒髪を肌に張り付かせている。 「そろそろ挿いりそうだね」  コンドームの袋を箱から取り出し、昴が左手で持ち上げた。そうしてから右手を昼斗の体から引き抜き、スキンの封を昴が開ける。潤んだ瞳で、昼斗はそれを見上げていた。昴がコンドームを装着する。 「挿れるよ」 「んア、ぁあ――!!」  昴の先端が、昼斗の後孔へと挿いってきた。指とは違う圧倒的な質量に押し広げられ、昼斗が背を撓らせる。雁首が全て中に入るまでの間、ギュッと目を閉じた昼斗が腰を引こうとしたが許さず、昴が体を進めた。 「あ、ああッ、んン」  触れている個所が熱くて熔けてしまいそうだと感じながら、昼斗が涙と声を零す。丹念に解された事もあり、痛みはない。ただ喪失感がある。体を繋ぐ事への怯えと迷いが、その時は、まだ確かに残っていた。だが――すぐにかき消えた。 「ああああ!」  より深くまで、一気に昴が貫いた。前立腺を擦り上げられる形になった時、プツンと残っていた理性の糸が切れた。根元まで挿入された時、昼斗の頭は真っ白に染まり、気づくとすすり泣きながら、昴の体に両腕を回してしがみついていた。 「あ、あ……ァ」 「痛い?」 「怖い、っ、ぁ……怖いんだ。や、っ……ああ」 「怖い?」 「気持ち良くて怖い。昴、怖い、んン、あア――!」  するとゆっくりと動きながら、昴が虚を突かれた顔をした後、苦笑した。 「怖くなんかない。慣れるよ、すぐに」 「っく、ンん……あ、ぁ……あァっ」  次第に昴の動きが早くなる。ギリギリまで引き抜いては、それまでよりも奥を貫く。その繰り返しの後、肌と肌がぶつかる音が、静かな室内に響き始めた。ローションが立てる水音も谺している。昼斗の腰を両手で掴み、昴が激しく打ち付ける。昴の首に両手を回し、快楽から泣きながら、何度も昼斗は喘いだ。昴のよく引き締まった腹筋に、反り返った昼斗の陰茎が擦れる。 「昼斗、出すよ」 「あ、あ……あああ!」  一際強く突き上げられた瞬間、昼斗は果てた。同時に、昴が射精したのだという事も理解したが、直後昼斗は意識を手放した。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加