―― 第六章 ――

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 熱がおさまったその朝、昼斗は今度こそアラームの音で目を覚ました。毛布から這い出て窓の外を見れば、まだ暗い。時刻は午前四時半。つい先日までであれば、昴の腕の中で眠っていた時間帯である。  嫌な夢を見て、飛び起きた。そのまま寝付けず、無理に目を閉じ横になっていたのだが、しっかりと覚醒したのは、アラームのおかげだった。目覚まし時計を停止させ、キッチンへと向かう。そして冷蔵庫を開けて、ぼんやりと贖罪の確認をした。  もう何年も一人暮らしをしているが、基地で食べるか、購入して帰っていたから、実を言えばそれほど料理経験があるわけではない。何を作ろうかと考えて、卵を一つ手に取ってみる。白い外殻は、思ったよりもざらついていた。 「なに、これは……?」  午前六時を過ぎた頃、昴が起きてきた。昼斗は、焦げた卵焼きを見る。 「卵焼きだ」 「俺の料理の見た目を称賛していたのは、粕谷大尉は見た目すらも完成させられないからという理解でいい?」 「味は悪くないと思う」  昼斗がそう言ってフライパンから皿に卵焼きを移すと、昴が腕を組んだ。  その後、これまでよりも早い時間に、朝食が始まった。  理由は一つで、昴の起床が早いからだ。昴は料理をしなくても、朝は六時に起きるらしいと、昼斗は一つ学んだ。 「ねぇ、あのさ」 「なんだ?」 「味は……悪くない……? 本当に? 粕谷大尉は、俺の厚焼き玉子とこの卵を焦がした品を比較して、本気でそう思ってる?」  昴が久しぶりに笑顔を見せた。完全にその表情は引きつっていたが、昼斗は、昴の笑顔は貴重だと思うから、見ていて胸が温かくなった。 「……作り直すか?」 「作り直すと向上するの? 即ちこれは、俺に対する嫌がらせ?」 「いいや。俺は料理を粗末にしたりしない」 「つまり、全力?」 「そうだ」 「……もういいよ。洗濯と掃除は、出来る? 出来るか否かから聞かせてもらうけど」 「一人暮らしが長いからな」 「信用できない回答だなぁ……」  昴が辟易したような顔をしてから、目を閉じた。そしてじっくりと腕を組む。 「俺にとって家事は、家族との共同生活の場か己のために行うのでなければ、それは雇われた誰か、あるいは下僕の仕事だったんだけど……粕谷大尉には、当然この中で、〝下僕〟の役割を果たしてもらおうと思っていたんだけどね……生活に支障が出るな、これじゃあ。現実的な問題だ。あのさ、生活能力は何処に欠如してきたの? パイロット技能以外の取り柄は?」  冷静な声で昴に問われ、昼斗は小首を傾げた。 「俺が一人で生きてきた分には、困らなかった」 「結婚が回避できて、姉さんは幸運だったと俺には思える」  何気なく昴が放ったその一言に、昼斗が息を呑んだ。無性に胸が苦しい。一泊の間、凍り付いたように変わった昼斗の表情を見て、昴が焦ったように顔を背けた。 「……家事は、出来る範囲で構わないよ。もういい。俺としては、粕谷大尉と言葉を交わす事すら実を言えば億劫だから、今後は必要最低限以外は、話しかけないでもらえる?」 「ああ」 「うん。それでいいよ」  昴はそう言いながら焦げた卵焼き――卵の焦げた品を一瞥し、その後完食した。
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