―― 第六章 ――

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「なぁ、昼斗。喧嘩でもしたのか? お兄さんに話してごらんなさい」  訓練フロアに昼斗が入ると、周囲を見渡してから、保が声をかけてきた。本日は、久方ぶりに昴が三月の司令官室へと向かった。 「喧嘩? 誰と?」 「瑳灘大佐以外に誰がいるって言うんだよ? ん?」 「別に俺と昴は、喧嘩なんかしてない」 「その言い訳は、ちょっと苦しいな」 「言い訳じゃない。その……自然な関係になっただけだ」 「自然な関係……? それは何か? 常に付き従ってるのに無視する対応? それが、自然だと?」 「仕事だからな。必要な会話以外は必要がないだろう」 「……監視の目が厳しくなった、と、そういう理解でいいのか?」  保は片手で前髪を書き上げると、納得がいかないという眼差しで昼斗を見る。 「俺としては、そうだなぁ。昼斗が幸せなら、それでいいぞ?」 「うん?」 「でも――最近のお前の目は暗い。辛そうだ」 「そうか? 俺はいつも通りだけどな」 「……昼斗は、自分の感情に鈍い部分があるとは、俺も思う。だから俺が教えてやる。はっきり言って、今のお前は、辛そうだ。俺はな、人の心は他人には分からないなんて言うのは、妄言だと思ってる。外から見ていた方がよく分かる事だってあるんだよ」 「どういう意味だ?」 「今の昼斗は泣きそうに見える。俺でいいなら抱きしめて、思いっきり甘やかして、撫で撫でしてあげたい!」 「いい歳の大の男を撫でる……?」 「俺は国籍は日本だけど、別に日本男児じゃないからな」  腕を組んだ保は、それからじっと昼斗を見据えた。 「真面目な話、大丈夫なのか?」 「だから、何が?」 「辛くないのか?」 「……」  昼斗は押し黙った。それから、視線を床に下げ、唇でだけ、笑みを形作る。 「俺が悪いんだ」 「昼斗が悪い?」 「そうだ。そうなんだよ。他の誰が悪いわけでもない。昴も悪くない。悪いのは、俺だ」 「お前が何をしたって言うんだよ?」 「――色々したさ。この前だって、一千万人も殺したのは、俺だ」  自嘲気味な笑みを浮かべてから、昼斗は顔を上げた。すると、保が険しい顔をする。 「それは、お前のせいではないし、お前が責任を感じるべき事じゃない」 「だが、実行したのは、俺だ。悪いのは、俺だ。俺なんだよ」 「本当にそう思ってるらしいから言わせてもらうが――それは、誤った信念だ」  保の声が低くなる。両手で保が、昼斗の肩に触れた。それから、指に力を込めた。 「あの人工島には、な。俺の両親が住んでた」 「っ」 「死んだよ」 「……そうか」 「でもな? お前が、実行していなかったならば、俺達は今頃生きてはいない。呼吸して酸素を得るという自由すら無かったはずだ。俺は、お前を恨んでなんかいない。お前は、俺達を助けてくれたんだ」 「保……」 「紛れもなく、お前は〝英雄〟だし〝希望〟だよ。〝希望そのもの〟だ。昼斗がいるから、今、この国はここにある」  いつもは穏やかな瞳をしている保が、冷静ながらもまくしたてるような剣幕で告げた。 「お前は仕事で仕方なくやって悔やんでいるのかもしれない。でもな、結果はどうだ? それで、どれだけの人間が、救われたと思う?」 「……俺は――」 「お前は何も間違った事はしていない。そんなお前がいわれのない誹りを受ける事を、俺は望まない。それを許容するようなら、瑳灘大佐の事も認める気にはならない。俺は、お前の事が好きだ。昼斗の事を、信じているし、お前がどんな人間か知るくらいの期間は、一緒にいたと思ってる。だから、泣きたくなったら、俺の胸で泣けばいい」  そう言うと、保は昼斗を抱きすくめた。  久しぶりに感じる他者の体温に、昼斗は息を詰める。 「俺がいる。だからそんな風に、悲しい顔、すんなよ」 「保……」 「――ま、悲しい事に俺よりお前の方がずっと強いから、守ると言っても信ぴょう性はないだろうが。俺は、いつでも昼斗のそばにいるよ。だから、辛い時は、お兄さんに話しなさい」 「俺の方が年上だ」 「精神的には、俺の方が成熟してると思うがね」 「言ってろ」  昼斗はそう言って、久しぶりに心からの微笑を浮かべた。
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