―― 第六章 ――

7/10
前へ
/74ページ
次へ
 その場に――Hoopの飛来を告げる緊急警報が鳴り響いた。  腕を離した保が強張った顔をする前で、昼斗は神妙な表情で頷く。 「行ってくる」 「……気をつけろよ」  昼斗の名を呼び、招集するアナウンスを耳にしながら、バシンと保が昼斗の肩を叩いた。頷き返してから、昼斗は背後を見る。そして踵を返して走り始めた。  向かった先は格納庫で、そこには環が待機していた。  環は昼斗を見ると、心なしか不安そうな瞳をした。 「最近、体調不良で病院にかかったって、相良から聞いたぞ。大丈夫か?」 「ああ、問題ない」 「そうか。まぁ心苦しいのは、問題があっても、パイロットに代えがいない事だな」 「機体にはもっと代えがきかないだろ?」  昼斗がそう言って笑うと、環が目を瞠った。それから首を振る。 「俺はそうは思わない。生み出してる機体だから愛着はある。でも、人の命には代えられない。危なくなったら、A-001は破棄して、お前だけでも脱出ポッドで戻れよ」 「環……」  それは、昼斗が端緒に出会った研究者の見解とは、百八十度逆の考えだ。  だが――A-001には、脱出ポッドは存在しない。  昼斗が〝イメージ〟した事がないからだ。 「生きて帰れ。待ってるから」  環の表情には、嘘は見えない。だから昼斗は、微笑して頷いた。  梯子を上ってハッチを抜け、コクピットへと至る。そして球体に触れて、機体を起動しながら、モニターに表示されているHoopの情報を見る。このまま行くと、旧東北圏にHoopが飛来するらしい。パイロットスーツの感触を、掌を握ったり開いたりして確かめながら、昼斗は精神を集中させた。 「A-001出撃します」  その後指示を待って、そう述べてから、昼斗は操縦桿を引いた。 《浮気者が》  昼斗は機体の声に、吹き出しそうになった。先日テストした時の事を思い出す。 「お前は、俺が他の機体に乗るのが嫌なのか?」  軽口を返しながら、AI言語プログラムは機微にとんでいるなと考える。 《嫌に決まっているだろ。お前は、俺のパイロットなんだろ? 俺だって、お前だから力を貸すんだ。お前以外には、興味が今のところないぞ》  昼斗は喉で笑って頷いてから、出撃した。  格納庫のシャッターを抜けて高く飛行し、まず視界に入ったのは海だった。大嫌いになってしまった海だが、今は目にしても辛くはない。多分、観覧車に乗った時に、〝赦された〟からだ。昼斗にとっては、紛れもなく昴が救世主だった。水平線の向こうには、沈もうとしている太陽が見える。蒼い海には、陽の筋が伸びている。  自動操縦に切り替わり、目的地の旧栃木以降――旧福島全域上空に入ったところで、昼斗は操作方法を切り替える。空から落下してくる、〝黒〟が見える。それが飛来してきたHoopだというのは、すぐに理解出来た。  モニターに視線を戻せば、その数が表示される。数百、その数は、決して少なくはない。クレーターを蠢くように見せるほどの巨体をしたHoopは、ダム湖に巣を作っていた幼生と比較するならば、本来一つ一つが巨大だ。  昼斗の眼差しが、鋭く変わる。 《俺には、分からんな。自分を害する周囲のために戦うなどという、人間の良心が》  その時、機体の声がした。昼斗は吹き出すように笑った。 「自己満足だ、ただのな」  こうして、交戦が始まった。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加