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―― 第七章 ――
「ん……」
瞼を開けた昼斗は、真っ白な天井を見て、通常の病室だと判断した。集中治療室もこちらも、既に見慣れている。上半身を起こし、左手の点滴を見てから、深く吐息した。体は思いのほか軽い。試しに右手を持ち上げてみるが、自由に動く。
「……」
左足を見たが、意識を失う前には負傷していたはずの患部には、固定されている様子もない。視線を下げたが、青い入院着である点を除けば、包帯も無い。痛みも消失している。ゆるゆると窓の外を見れば、山には完全に雪の衣が降りていた。ただ一つ、窓辺には見慣れぬ花瓶がある。青い花弁を持つ薔薇が、鎮座していた。
ドアの開く音がしたのはその時の事で、反射的に視線を向けると俯きがちに入ってきた昴が無表情でそこにはいて、ゆっくりと顔を上げたところだった。
目が合う。
瞬間、バサリと音がして、昴が手にしていた青い薔薇の花束を取り落としたのだと分かった。何度か瞬きをしながら昼斗がその光景を見ていると、直後顔を歪めた昴が走り寄ってきた。
「いつ目が覚めたの? そんな報告は受けていないけど」
「今だ」
「っ、きちんとコールを押すべきだ」
昴は何処か泣きそうな、同時に怒るような顔をしたままで、看護師に知らせるコールを握る。それを押して短くやり取りしている昴を見据えながら、昼斗は微苦笑した。
「本当に、たった今目を覚ましたんだ」
「ふぅん、そう。するべき事を思い出したのならば、きちんと相良先生が来たら、健康状態を説明するといい」
不機嫌そうな昴を見て、昼斗は曖昧に笑うしかできなかった。
「昴はどうして此処に?」
「どうしてって?」
「来てくれるとは思ってなくてな」
「……別に。監視の一環だよ」
「そうか。その、花が落ちてる。花束なんて、珍しいな」
「っ……お見舞いに、手ぶらで来るのもね。世間体を考えて、ちょっと基地内のフラワーショップに立ち寄っただけだよ。それに、病室は殺風景だからねぇ」
つらつらと苛立つように昴が述べた。その声に窓辺の花瓶へと振り返った昼斗は、そこにも青い薔薇が生けられているのを目にした。
「俺は、そんなに寝ていたのか?」
「寝ているという表現が適切だと思っているなら、義務教育を受けなおした方がいいんじゃないかな。意識を喪失して、今日で三週間だ。不思議な事に、身体的負傷は何故なのか、救出された際に快癒していたけどね、意識だけが戻らなかった。治療のしようもなかったから、もう一生目を覚まさないかと思っていたよ」
「三週間……? そんなに?」
「ああ。もう十二月だ。街はクリスマスムード一色だよ。Hoopの侵攻がついに陸地に及んでいるけれど、まだこの基地周辺は気楽なものだね」
その言葉を聞いて、昼斗は円盤の事を思い出した。そして黒い瞳を揺らしてから、改めて昴を見る。
「昴」
「なに?」
「――敵の人型戦略機にも、人が乗っていたのか?」
「だったら? どうするの? それが? それを知る事は、三週間意識不明だった昼斗にとって重要なの? まさか、『俺は人を殺してしまった』とでも嘆くつもり?」
「いや……Hoopには知性は無いというが、人型戦略機は知性が無くても操縦できるとは思えなくて、それで――」
「だから、さ。そんな事より、まずは自分の体の事を考えろと話してる。理解出来ない?」
昴の瞳が鋭く変わる。だが、昼斗にはその理由が分からなかった。
「どうして怒ってるんだ?」
「死ぬところだった」
「? それが? いつも、戦闘は危険だぞ?」
「俺には心配する権利もない?」
「心配……? 昴、お前……俺を心配してくれてるのか……?」
純粋に昼とは驚いたから、思わず目を丸くした。すると昴の表情が、さらに苛立つものへと変化した。その時病室のドアが開き、医師の相良と看護師達が入ってきた。
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