―― 第七章 ――

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「なぁ、昼斗」  搭乗する前の、格納庫に続く廊下にて。 「帰ってきたら、言いたい事があるんだ。話したい事がある」 「保? なんだ?」 「帰ってきたら言うよ。だから、生きて帰ろうな」  そう言って、確かにポンポンと二度、保は昼斗の肩を叩いた。だから昼とも、その言葉を信じていた。しかし、現実はどうだ。  本日は、小雨が降っている。冬の雨は、冷たい。  チャラい見た目に反して、敬虔なキリスト教徒だったらしい保の葬儀が、粛々と行われている。緑の芝が茂る墓地に、柩が埋葬された。人の死とは、あっけない。傍らにいる昴が、白が強いビニール傘を指していて、今、昼斗はその中にいる。不思議と涙が出てこない。  脱出ポッドは作動せず、コクピットの中で首が取れていたのだという話を聞いた。  エンバーミング処置として、縫い合わせられた遺体の首を、白い百合を柩に入れる時に、昼斗は目にした。もう永遠に、保の瞼は開かない。  瀬是機と保機に迫った敵の人型戦略機は、一機は撃沈したが、もう一機は敵の母艦に帰還したのだという。表情筋が動き方を忘れてしまったように変わり、黒い瞳に暗い色を宿し、昼斗は墓石の前に立っている。集まった少数の人々は、嗚咽を零している。 「昼斗、行くよ」  昴がその肩に触れた。泣けない昼斗は、顔を上げて虚ろな眼差しで、ただ頷いて見せた。それから二人で、相合傘の下、駐車場まで歩いていく。昼斗は何も言わない。元々口数が多いわけではない昼斗だが、憔悴しているのは明らかだった。 「ねぇ、昼斗。今日は、外食しようか?」 「……ああ」 「何が食べたい?」 「……そうだな。焼き鳥」 「焼き鳥?」 「保は、豚バラが好きだって、前に言ってた」 「それは鳥じゃないよね」  昴は笑って見せたし、昼斗もまた唇には弧を張り付けていた。  葬儀の帰り道、しとしとと雨が振る白い空の下、二人は車まで歩く。  円城保少佐の葬儀は、このようにして終わりを告げた。
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