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幻のレーンを走った男
僕は今日、意中の彼女に告白した。
場所は、彼女の行きつけの喫茶店だ。僕の行きつけでもある。僕が通い始めてからほどなく、彼女が通ってくるようになった。
彼女は信じられないらしく、僕の顔を見ていた。僕は内心有頂天だった。だって、彼女の気持ちはとっくにわかっているのだから。
どうも僕に気があるらしい。ある日そう気づいて、僕は彼女を意識し始めたのだ。彼女はいつも可愛い仕草でモーニングを食べていた。小鳥みたいだな、なんて思っていた。
そして今日の告白だ。淡々と過ぎていく日々の中で、やっぱり、ここは男である僕からいかないと。そう思ったんだ。
彼女が食事を終えるのを待って、僕は隣の席から体ごと彼女に向いて、交際を申し込んだ。
告白を聞いた彼女は、しばらく黙ってから尋ねてきた。
「私の外見がこんなでも?」
彼女はさっぱりしたファッションが好きなのか、アクセサリーはつけないし、髪型にもあまり凝らない。そんなところも、僕以外の男の気を引く気はないという意思表示に思えて、好ましかった。
「もちろん。」
「私の学歴がたいしたことなくても?」
「もちろん。」
「私の実家がたいしたことなくても?」
「もちろん。」
彼女の確認に頷くたびに、僕のテンションは上がっていった。この、外堀が埋まっていく感じがたまらない。
「私が将来に夢を持っていなくても?」
「二人で探そう。」
「私の趣味が読書で、休日に引きこもりがちでも?」
「いいね。」
ぽんぽんと応じながら、僕はまるでゴールに向かって速度を上げるランナーの気分になっていた。
またしばらく間があったあとで、彼女は言った。
「じゃあ、最後の質問。」
「なに?」
僕は身を乗り出した。
「私が……半魚人でも?」
「もちろん!!」
僕は笑って頷いた。ギャグで締めるなんて、面白い子だ。
そんな僕に、彼女は言った。
「ごめんなさい。」
「え?」
僕は笑った顔のまま、固まった。
「私、ヤりたい一心でなんでも受け入れるフリをする人って、信じられないの。……もうこの店には来ないから。忘れて。」
彼女はいつも食後に追加するミックスジュースをオーダーせず、去っていった。
僕のゴールテープは………どこ?
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