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「僕も……今はまだ」
全く願望がない、というわけじゃない。だけど、結婚して幸せな家庭を築いていくという構図が、どうしても描けずにいた。だから彼女が出来ても、結婚の話が出るとどうしても尻込みしてしまう。嬉しそうに知人の結婚話や理想を語る彼女を前に、僕の胸中で広がるのは悲観的な現実だった。そういう僕の態度が透けて見えたのかもしれない。交際が続かない原因は、僕にあることに間違いなかった。
「その理由は?」
思わずといったように彼が聞いてくる。僕が押し黙ると、「悪い。デリカシーがない質問だった」と、答える必要は無い旨を口早に言った。
「実家には帰っているのか?」
「たまに帰っているよ」
「まだあの場所に?」
僕が頷くと、彼は「そうか」と言ってジョッキに口をつける。
「そっちはどうなの?」
僕の問いに彼は少し黙ってから、「あまり帰ってないな」と息を吐いた。
「別に親父と上手くいってないわけじゃない。育ててもらった恩もある。だけどな、どうしても――」
そこで言葉を切り、彼は眉間を寄せた。それから「そろそろ帰るか」と、残っていたビールを煽った。
駅に向かう道すがら、僕はずっと考えていた。『再会を喜ぶ地元の友達』というには、僕たちの間に流れる空気は重たい。
人の多い改札前で、僕たちは向き合った。
「俺は地下鉄だから、ここで」
僕が頷くと「それじゃあ、元気でな」と言って、彼が背を向けた。
一歩に二歩と遠ざかる背が、群衆に吸い込まれていく。遮られていく彼の姿を見ながら、僕はそれでも迷っていた。
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