友達よりも深い

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 彼がもう二度と、僕の前には現れることはないだろう。そう確信出来るからこそ、僕は自ら追わなければいけなかった。重大な選択を前に、僕は二の足を踏む。  彼がただの『地元の友達』だったら、僕はこうも迷っていない。彼が僕の兄だから、迷っているのだ。  両親の離婚によって、僕が小学校一年生の時、兄は三年生の時にそれぞれ父と母に引き取られていた。僕は母の元で暮らすことになり、父は兄を連れてどこかに行方を消していた。  きちんとした別れもないまま、いつの間にか始まった母と二人だけの暮らし。当時の僕は戸惑いと悲しみと怒りでしばらくの間はただ泣き続けていた。当たる矛先が母しかいなかっただけに、母も相当大変だったと思う。  今思えば仕事をしながら女手一つで僕を育てるのは、相当な苦労だったはずだ。加えて僕は母を恨んでいた。兄を連れて行った父も恨んだ。僕を可愛がってくれていた兄の裏切りにも、ショックだった。だけど大きくなるに連れて、兄はどうすることも出来なかったんだろうと気付いた。何故なら、兄は嘘が下手だから。父に連れて行かれると知っていたならば、僕が気付かないはずがない。  それから僕は優しかった兄を時々思い出し、それから父と母を恨んだりを繰り返して地元を離れた。  奨学金で大学へ行くのと同時に上京を決め、こうして社会人になってからもこの場所に居続けている。  だからこうして、兄と再会出来たことは嬉しくもある。だけど兄は、本当の事を明かさなかった。佐藤という偽名を使い、僕の地元の友達だと嘘をついたのだ。
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