一杯目 スクリュードライバーは必然に

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 『アリとキリギリス』ーーそれは人生の縮図を示した物語だ。  内容はとてもシンプル。働き者のアリは冬に備えてせっせと働いた。一方道楽屋のキリギリスは冬の到来など気にせず、遊びにかまけていた。そして、冬がやってくる。結末は、まあ言うまでもないだろう。  深雪は子供の頃、この本を読んで、真面目に堅実に生きようと決心したものだ。キリギリスみたいに、ならないように。  だがどうやら現実は違うらしい。遊んでばかりいたキリギリスのような奴が、ロレックスを手首に巻くこともあるようだ。  世の中って不公平なものねーー心の中で深くため息をつく深雪。  そんな彼女の憂鬱をよそに、林田は「生追加で!」と威勢よく手を上げる。まだまだよもやま話は続くらしい。           ※  二日後の日曜日。三軒茶屋の古びた時計塔の二針はちょうど十時を指し示している。駅前や繁華街はまだ明かりを放っているが、街自体はすっかり闇夜に包まれていた。  そんな月曜日を前にした憂鬱な時間帯に、駅から徒歩十分ほどの距離に聳え立つ高層ビルを思わせるタワーマンション――『グランドタワー三軒茶屋』のふもとは何やら物々しい雰囲気を纏い、騒然としていた。  騒ぎを聞きつけてきた野次馬たちが、何が起こったのかひと目見ようと現場を囲み騒ぎ立てている。そんな彼らを拒むように、張り巡らされるキープアウトテープ。その内側はすっかりブルーシートで覆い隠されていた。
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