ママはとにかく、楽しく書きたい

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           「もう、元気出してよ、ママ!」 「また書かれた?」 「……うん」   うちの奥さんは、趣味の物書きだ。  書いている小説にコメントが入ると、とても喜ぶ。 一方でそれが誤字、脱字の報告や修正案だったりすると、途端に落ち込む。 「ママが好きで書いてるんだから、そんなの気にしちゃダメ!」 「分かってるんだけどね。 ……なんか落ち込むなぁ」 言ってはいないが、実は僕も読んでいるママの小説。 ——君の書く物語は面白い。 僕はそう思っているのだが、基本的には、あまりこの件に関しては、口を出さないようにしている。 「……お風呂、入ってくるね」  お風呂から出て、食事の時間になっても、まだママは落ち込んだままだ。 「ミホ、早く食べなさい」 「分かってるってば! でもパパは悔しくないの? ママの好き、壊そうとしてるんだよ?」 「それはパパだって、悔しいよ」 「でしょ? 嫉妬だよ、そんなの。 自覚のない嫉妬。 あたしのクラスにもいるよ、ちょっと間違ったくらいで、すぐに訂正してドヤ顔する、マウント大好き人間」 「そうなの?」 「そうだよ。 大体、そう言う子、嫌われてるのに自覚ないの。 もうハナクソだよ、ハナクソ」 「こら。 口が悪いぞ、ミホ」  子供は学校に行く度、新しい言葉を覚え、新しい感情を芽生えさせる。  それは時に大人からしたら、目から鱗のような時もあり、 「あたしだって、好きで書いてるの、いちいち間違ってるとか、字が違うとか言われたら嫌だよ」  子供ですら嫌なことを、大人が理論立てて、上下をつけて言いくるめようとする。 それが日常になりつつある、昨今。 「……そうだね。 ねぇママ」 「……ん?」 「『そう言うこと書かれるの、傷つくので控えてほしいです』って一言、断りを入れるのも大事かもね」 「でも……調子乗ってると思われないかな。 本も出してないのに」 「わがままじゃないよ。 気付かせてあげるのも大事じゃないかな? 作者のコメント欄とかないの?」 「あるけど……」  悩む気持ちは分かる。 でも—— 「ママの書いてる小説、面白いよ。 あたしが保証する」 「本当?」 「本当! 子供の意見が一番素直だって、先生言ってたよ」  子供は素直だ。  背中を押すのも、何かに気付かせてくれるのも、きっと『楽しさ』や『嬉しさ』を基準にして、日々成長してく。 「なんか思い出したよ。ママが前に言っていたこと」 「えっと……何だっけ?」 『ただあたしは、自分の書きたいのを書いて、皆にも楽しんでもらって、それでその先があれば、嬉しいかな』 自分の好きな物語を書いて、生きていく——それが君の夢。  「そっか……。 ありがと。ママ、ちょっと元気でた」 「ミホ、今日も頼むよ。ママを元気付けてあげてくれる?」 「えー、またぁ? パパが自分で言った方が喜ぶんじゃないの?」 「いやぁ、身内に読まれるの、恥ずかしいって言ってたから」 「もう! あたしに言わせないでよね。 保証するとか、子供は使わないよ、そんな言葉」 「分かってるって。 ミホが頼りなんだよ」 「ママが元気になったら、お小遣いアップしてよね」 「もちろんだよ! パパはママの小説が面白いことを、世の中の人に知ってもらいたいだけだから」  何故なら—— 「私、英部理出版の須田と言う者ですが……」 「えっ? 出版……?」 「はい。あっ、旦那様でらっしゃいますか?」 「は、はい」 「実は、尾見瀬ナナ様が、弊社の投稿小説サイトで連載している小説が、社内で面白いと評価が高く、書籍化してみてはどうかと、企画が挙がりまして」 「しょ、書籍化⁉ あ、ありがとうございます! でもそれなら直接、本人に電話してあげて下さい、その方が……」 「そうしたかったのですが、スマホの方に電話しても、なかなか出て頂けなくて」 「あぁ多分、知らない番号には出ないので」 「そうなんですか、留守電にでも入れようと思ったのですが、やはり直接、お話させて頂きたくて。 その方がご本人様も喜ばれると思うので」 「あっ、分かりました。 夜の七時ぐらいなら帰ってると思うので、家の電話に直接、連絡頂けますか?」 「あっ、家の電話ですね、分かりました。 では」 「ただいまー……あっ、パパ電話! ちょっと出て」 「えー?無理! いまトイレだよ」 「ミホは?」 「お風呂場―! 服脱いじゃったよ!」 「えー、もう誰か出てよ……いま帰ってきたばっか……。はい、どちら……えっ? ええ、はい。そうですけど……」  ママの声のトーンが変わっていく。  僕とミホがこっそりと、トイレとお風呂場のドアを開けて、笑い合う。 「上手く行ったね、パパ」 「ありがと、ミホ。お小遣い、更にアーップ!」 「やったぁ!」 「えっ、えー! ほ、本当ですか⁉ はい、はい! あ、ありがとうございます‼」   僕は知っている—— 「パパーっ! ミホーっ!」 「ママ、どうしたのー⁉」  君の書く物語が、面白いことを—— 「やったよ、ミホ! ママ、小説家になるかも!」 「本当⁉ すごーい! パパー!」  何故なら——                              【 了 】
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