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⑤僕は味方
大学の学食で友だちとお昼を食べる。
5人で囲むテーブル。最近、隣に座る幸樹と僕の向かいに座る由奈が付き合い始めて、他の2人も盛り上がっている。僕の身に何が起きているか、この中の誰も知らない。
「あっきー、チョコあげる。」
そう言って、僕の左手を軽く握って斜め前の沙耶ちゃんがチョコを手のひらに置いてくれた。こういうのもしかしたら、ドキッとするんだろうけど、なんともない。一応、僕はにっこりして
「ありがとう。沙耶ちゃん。」と言って受け取る。僕は、ポケットからミルキーを出して、沙耶ちゃんの左手をミルキーでつんつんする。
「お返し。僕好きなやつ。」
隣の愛花が、
「あきって、あざといよね」って笑った。
「何が?」って、上目遣いで聞くと「それ!」って少し強く言われた。
「かわいいからやめな。勘違いされるからね。」って。よくわかんないけど。でも、普通に可愛がられてる。大学が、実家から少し離れていて良かったと思う。もし、知られたら友だちじゃなくなるかもしれない。
「あっきーには彼女とかいてほしくないなあ。」
沙耶ちゃんが、僕の顔をじっと見ながら言った。
「なんで?」
幸樹が僕の代わりに聞いた。
「あっきーのこと、好きなん?」
愛花も揶揄うように言う。
「いや、そうじゃなくて。なんか、あたしたちの弟が大人になってほしくないって言うか。彼女に彼氏らしく接してるの想像できない、いや、したくない。」
勝手なこと言われても。僕だって、恋人はいるのに。
「つか、女興味ある?あっきー。」
幸樹が、僕の頭をわしゃわしゃしてくる。秋夜さんのは嬉しいのに、ちょっと嫌だ。
「んー。」
チョコレートを口に入れて、考えるふりをした。
「あっきーには、純粋でいてほしい。」
由奈までそんな風に言ってくるから、ますます弟キャラから抜け出せない。
「大人にならないでね、あっきー。」
頭に秋夜さんとしたことが浮かんでくる。僕は、みんなとちょっと違う。水を口に含んだ。
「でも、背の高いイケメンはありじゃない?」
沙耶ちゃんが真正面から言ってくるから、胸がドキドキし始めてくる。ウチのことも知られたくないけど、僕が秋夜さんとお付き合いしてることもこの中の誰にも知られたくない。
「多様性の時代だし。あきがそうでも、俺は応援するけど。」
「応援?幸樹があきの彼氏になるってこと?」
由奈がそう言うから幸樹と目が合うけど、なんか違う気がする。
「いや、俺は由奈がいるからごめんね。」
一言も喋らない方が墓穴を掘らなくて済みそうな気がする。
「…あき?怒った?」
愛花が少し心配そうだった。首を横に振った。
「こんなことくらいで怒んないよな。あき。」
こんなこと…恋愛対象が同性が良いと言われたことくらい?ってこと。…別にどうでも良い。
「うん。」
「絶対汚れないでよ。あっきー。」
沙耶ちゃんは、僕のこと弟以上の扱いはしないんだろう。
「うん。」
「それでこそ、私たちの弟!」
てか、同い年なんだけど。でも、僕を可愛がってくれてるのがわかるから、これで良いって思う。そうこれがいい。楽だし。
学校が終わったら、秋夜さんと会う約束をしていた。2人ともアルバイトを休みにしていた。
待ち合わせは駅で、服とか見たりしようって。僕の事情を知るのは秋夜さんだから、一緒にいるとほっとして安心する。
「あき、服いつもそんな感じ?」
オーバーサイズのシャツを襟を後ろにひいて着ている。Tシャツも少し大きい。パンツは黒で少し細くてくるぶしまでの丈。アディダスのスニーカーを履いていた。バッグはポーターのボディバッグ。
「変ですか?」
「いや、かわいいなって。」
僕の顔が赤くなるのがわかる。他の誰かに言われてもいつもの弟キャラの方の意味だと思うけど、秋夜さんに言われるとくすぐったい気持ちになる。もしかして、これが恋なのかな。
「あき、自分のサイズわかってるなって思う。」
「僕は、秋夜さんみたいな感じ、憧れます。」
秋夜さんはチャコールグレーのジャケットに白いTシャツ、黒のデニムに黒いスニーカー。背が高いからかっこいい。
「僕なんか一緒に歩いていいのかなって。」
「俺、一緒にいたいんだけど。あきは嫌なの?」
優しい顔だけど、少し怒ってる。
「いえ、嫌とかじゃ。みんなが見てどう思うのか…自信なくて」
「みんなって?俺たち、そんなに見られてる?」
「あ」
「ね?周りなんか関係ないよ。」
「はい」
何も考えず、普通のカップルみたいに堂々と歩けば…秋夜さんの左手に僕の右手で触れてみた。すぐに僕の右手は秋夜さんの左手に捕まって、
「手冷たいね、あき。あったまるまで握っとくわ。」
なんか、照れくさいけど、恥ずかしさはなかった。
服屋さんで、冬服を試着したり、値段を見て悩んだり。日常の時間が流れて、申し訳ないと思う。
父と母は今頃、裁判所で18年前の事件の真実を話している。僕は、大事な人たちの運命の日にその場に行くことを選ばなかった。
行けばきっと、どうにもならない現実に押しつぶされるから。2人はきっとやってもいない罪を背負うことになる。重い判決が下されるかもしれない。いくら弁護士がいても、18年前のひき逃げ事件の真実を明確な証拠を出せる根拠がないのだ。
「あき、食べないの?」
秋夜さんとドトールに入った。バスのロータリーがよく見える。僕はミラノサンドと紅茶を半分残したまま、少し外を眺めてぼーっとしていた。
「食べます。」
「紅茶も冷めるよ。」
「飲みます。」
「どうしたの?」
秋夜さんは少し微笑みながら、僕を覗き込んでいる。
「話して。あき。」
「今日、裁判だったんです。」
「お父さんとお母さん?」
「…僕、行かなかったんですけど。大学で友だちと普通に過ごして、今、秋夜さんと会ってて…。目の前で結果を知るの怖くて。行かないって決めて。でも、僕も何か…。」
秋夜さんはコーヒーを口に含んだ。
「お父さんとお母さんの今のところの味方は、あきだもんね。力になりたいって思うのは、当たり前だよ。」
実家に貼ってあった貼り紙を思い出した。
「……僕、2人の味方なのか。」
「うん。」
2人が実家に戻る前に、悪意に抗おうと思った。実家の貼り紙を全て剥がそう。また貼られても、また剥がそう。
「ありがとうございます。秋夜さん。」
それに、比嘉さんに、本当のことを話そう。僕は誘拐されたんじゃない。保護された。それだけのことなんだ。2人は、僕をちゃんと育ててくれた。
「ん?」
じっと秋夜さんを見つめた。
「どうした?」
大切なことは、秋夜さんが気づかせてくれた。2人を守るのも、僕自身を救うのも僕なんだ。
「大好きです。秋夜さん。」
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