⑦日が昇る四畳半

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⑦日が昇る四畳半

僕は裁判所の証言台にいる。 背後の傍聴席からの視線が、なんとなく怖い。こんなにたくさんの人に見られたのは初めてだ。少しだけ後ろを見ると比嘉さんと目があった。 比嘉さんは、父と母を許すと言ってくれた。でも、それには条件があった。僕が当事者として証言台に立って父と母がしてきたことをきちんと話すことだった。 「生駒秋芳さん、あなたは、18年前、生駒夫妻により、事故の現場から連れ去られていますが、その頃のことは覚えていますか。」 弁護人から質問を受ける。これは、事前の打ち合わせをしていた。たしか、覚えていないと正直に言っていい質問だ。 「覚えていません」 「では、質問を変えます。監禁や暴行を受けた記憶は?」 「ありません。」 傍聴席が騒がしくなる。洗脳されてるとか、嘘言わされてるとか。そんな声が聞こえてくる。 「では、生駒夫妻からあなたがされたことで、記憶に残っている嫌なことは。」 「ありません。」 「では、命の危険を感じたことは。」 「ありません。」 僕は、ずっと、ありませんしか言ってない。 「裁判官、このようなことから被告は、…連れ去り略取 誘拐を行ったものの、当事者に対し、明らかな損害を与えたものではありません。よって、負傷した児童を保護し、保護者が現れるまで安全を確保し続けたと言えると考えます。」 傍聴席が騒がしくなる。ふざけんなとか、世間を舐めんなとか、そんな言葉が飛び交っている。僕はこれで良い。父と母が無罪になれば良い。早く終わってほしい。 「裁判官。意義を申し立てます」 検察官が、手を挙げた。 「被告側の弁護人の質問は、極めて抽象的であり、当事者である秋芳さんの具体的な話が全く聞けていません。私からも質問よろしいでしょうか。」 裁判官が許可をする。僕はこの人とは何も打ち合わせをしていない。 「簡単な質問です。あなたはいつから、生駒夫妻からお父さん、お母さんと呼ばされていますか?」 そんなの、わからない。気がついたらそうだった。 「答えられない?」 言葉が何も出てこない。 「なぜ、“保護された”と思い込んでいるんですか。」 質問に答えられない。 「あなたがされたことは、紛れもなく誘拐です。あなたが意識を失っていたのは生駒夫妻にとって好都合だったと言えるでしょう。当時、あなたを診察した医師によれば、あなたには記憶障害があった。母親と父親の顔を見ても反応がなかったそうです。2歳の子どもが、全くの他人に何か反応すると思いますか?ただ、あなたは、自分の名前や年齢なども言えなかったことから、医師は記憶障害と、診断したそうです。」 そんなこと、今聞かされてもわかるわけがない。 「ここから、生駒夫妻からあなたへ洗脳が始まったと考えられるでしょう。自分たちを、お父さん、お母さんと呼ばせ、あなたを養子にし、さも普通の家族のようにして、あなたを支配下においた。立派な拐取ではないですか?それでも、保護されただけと言えますか?」 なんて言えば良い?どうすれば良い? 被告人席の父と母を見た。僕に申し訳なさそうな顔をしている。そんな顔見たくない。もっと堂々としてほしい。何も悪いことやってない。僕を18年、ずっと育てて、反抗期も高校受験も、大学受験もずっと、ずっと支えてくれて味方になってくれたのは父と母なんだ。 今度は、僕が…僕が味方にならないと。 本当の親じゃない。でも、親だ。家族だ。考えろ、なんて言えば良い。なんて発言すれば僕は2人の家族でいつづけられるんだ。出てこい言葉。おじいが読解してくれた本…思い出せ…心、気持ち、今の僕の中にある言葉……なんでも良いガチャガチャみたいに出てこいっ! 「……親ガチャってあるじゃないですか。」 僕の口から思ってもない言葉が出た。ちょっとあせるけど、落ち着いたふりをする。 「僕、大当たりしたなって。」 検察官が、 「質問に答えてください。」 って詰めてくる。 「答えてます。……たぶん、多分ですけど、救急車待ってたら、僕、死んでたかもしれない…ですよね?てことは、助かる方法で助けてくれたってことですよね?え?なんかダメなんですか?」 傍聴席から、どよめきが起こった。アタオカじゃね?とか、イカれてるとか。それ、お前らじゃん暇人。って軽口叩きそうな気分をグッと押し殺した。 「ずっと、優しくしてもらってました。父にも母にも。僕がイライラして八つ当たりして二人とぶつかっても。必ず受け入れてくれました。だから、世間がどう思うかは知らないけど、僕の親ガチャは大当たりでした。これからも、僕は父と母と家族でいたいです。」 父と母に目を向けた。母は涙を流していて、父は真っ直ぐに僕を見ていた。 「いつもありがとう。こんなことしか言えなくてごめんね。」 傍聴席が、ずっとうるさくて、後ろを見れなくて比嘉さんの様子を伺えなかった。どう思っただろう。約束を守ってくれるだろうか。 裁判が終わって結果が出た。 父と母の罪は略取 誘拐罪。無罪にはならなかったものの、執行猶予がついた。でも、実家への嫌がらせはやむことがなく、防犯カメラを設置して、証拠として警察に届け出た。早く嫌がらせが終わってほしい。父と母が、帰ってくるから少しの間だけバイトを休んで実家に泊まり家の周りと中を片付け続けた。窓ガラスは直すのには時間がかかるから、まだガムテープを貼ったままの状態だ。 比嘉さんも時々、うちの様子を見ては、一緒に掃除を手伝ってくれる。 「イタチごっこってやつですよね、コレ。」 「早く飽きてくれればいいけどな。」 比嘉さんとは昔の話をしたり、大学の話をしたり。僕の将来を一緒に考えたり。それに、比嘉さんの持病の話も少しだけ。そんなに悪い病気じゃなくて、様子を見れば良いらしい。比嘉さんが病院の診察券を見せてくれた。ずっと、根気よく通ってるからボロボロだって、そう言った。 比嘉さんの下の名前は東生(のぼる)で、初めて名前を知った。 久しぶりのバイトの帰り、秋夜さんと2人でバーに来た。 僕が裁判で頑張ったからって、ご褒美らしい。何も頑張っていないから、なんだか申し訳ない。 「お父さんお母さん帰ってくるのはいつ?」 「明日の…僕が学校の時間です。」 「これからは実家にちょこちょこ帰ってあげなよ。」 頭をわしゃわしゃされた。 「…なんか、いない時行くのは良いけど、いる時に行くのは急にどうしたの?って感じしませんか?」 「良いじゃん、実家でしょ?」 「んー…。」 「ん?」 「いや…。」 「俺も行って良い?」 「え」 「あきの実家。」 「ダメです。絶対ダメです!」 「じゃあ、アパートは?」 「ダメに決まってます!」 「なんで?」 「散らかってるから。本当にダメです。秋夜さん家みたいなカッコいい部屋じゃないし。お見せできません!」 「……つまんないなー。」 「つまんなくありません!」 「なんて?」 顔を近づけてくるから、胸がドキドキしてくる。 「近い!」 「良いじゃん」 絶対に酔ってるから、この人酔ってるから! 「あき…って。」 「え」 「やっぱかわいいな。」 恥ずかしくて照れ臭くてどうして良いかわからない。 「あき、今日ウチに持って帰るね。良いよね。」 「え、そんなの聞いてないですよ。」 僕は、親のことで大変だったけど、この人の言葉に救われたのを思い出す。その時に大好きだって言ったことも。 「あき、俺のこと大好きなんだよね。」 耳元で言われるから、息がかかって背筋がゾクゾクする。だけど、僕はやっぱり秋夜さんを受け入れていて、その場から離れようとは思わない。 「あき、まだまだ多分大変だけど、なんかあったら頼って良いからね。」 「…ありがとうございます。」 「アパートの部屋、掃除してあげようか?」 「大丈夫です、それは。」 「そう。…困ってないの?」 「それは困ってないです。」 僕のアパートは、とても狭い。 東向きに窓があって、日中でもまあまあ暗い。だから、あんまり人を呼びくない。どうせ日中は使わないから選んだ部屋だし。だけど、お風呂とトイレは別々だ。そこそこ綺麗でまあまあ広い。そこは自慢できる。 でも、朝日がよく見えるのは気に入っている。 子どもの頃おじいがいた四畳半を思い出すから。
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