③真実

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③真実

秋夜さんに話をした日から1週間。 僕の住むアパートに警察が来た。 「生駒秋芳さん。一度、DNA鑑定を受けてほしいんです。」 そんなことを言われて唾液の採取を受けて、髪の毛を何本か提出した。僕の知らないことが始まっているように思った。  学校の友だちには変化はなかった。相変わらず立ち位置はみんなの弟で可愛がられ役。 「あっきー。メロンパンあげるー。」 そう言って、女の子たちに囲まれたり。きっと、この中で、僕が犯罪者の息子だって気がつく人なんていないんだろうと思うと安心できた。でも、来年度からは在学できるかわからない。 バイトは、ちゃんと決まった時間に入って、ホールにいる間は両親の事を忘れた。比嘉さんは、3日にいっぺんからほぼ毎日来るようになった。 珍しく比嘉さんが個室を予約していて、僕は女将さんに接客をするように言われた。 「ご注文お伺いします。」 「あきちゃん、中に入って。」 部屋の中に入ると、手招きされて比嘉さんのそばに正座した。 「これ、あきちゃんにあげるね」 差し出されたのは分厚い封筒だった。 「これ…」 「200万円。来年度前期分。余ったら生活費ね」 「え」 「…あしながおじさん、してあげるよ。まあ、顔がわかっちゃってるから、それとは違うか。」 背中に嫌な汗が流れた。 「なんで…」 「お家大変でしょ?」 秋夜さんが比嘉さんに話した?いや、そんなわけがない。秋夜さんを疑うなんて…僕は最低だ。 だけど、なんで比嘉さんが知ってるんだろう。僕が困惑していると比嘉さんが話し始めた。 「俺、昔。あるうちの四畳半に仮住まいしてたんだ。東向きで日が昇るのがよく見えた。」 「え」 「その家主が、娘を殺した犯人で、孫は誘拐してそのまま育てていた。さも自分の子どものように。長かったよ、1年死に物狂いで探したんだ。浮浪者のふりをして近づいて、家に住み着いたんだ。奥さんは料理が上手だった。おでんが美味くて、フキの煮物も上手だったな。」 僕の母と似ている。 母は料理が得意だし、おじいのためにおでんとフキの煮物を作っていた。 「あきちゃん。」 「はい。」 「ここで、あきちゃんがアルバイトしてるなんて、俺たち縁があるよ。随分と良い子に育ったことは生駒夫妻に感謝しなくちゃいけない。」 比嘉さんが、実家の四畳半に住んでいたおじい?だとしても、比嘉さんが言っていることがよくわからない。 「18年、長かったね。他人のふりをして、実の孫と過ごす7年も長かったけど、離れてしまった10年はもっと長かった。あきちゃんの顔を見て、子どもの頃とさほど変わらない顔立ちに鳥肌が立った。」 肩を掴まれて、怖くて目に涙が溜まっていく。 「…おじい?」 「そうだ。四畳半にいたおじいだ。」 「実の孫って…」 「俺はあきちゃんのじいちゃんだ。」 そんなわけない。おじいはただの他人だ。父が言ってた。仮にうちにいるだけの他人だって。 「警察が来ただろ?DNA鑑定を受けろって。俺が頼んだ。結果が出たんだ。俺とあきちゃんは血が繋がってる。」 DNA鑑定を受けていた事を忘れていた。なんのための鑑定なんだろうって思いながらもただ従っただけだったから。 涙が溢れて視界が歪む。 「生駒夫妻の事を通報したのも俺だ。あきちゃんが大人になるのを待ってた。菜告は戻ってこない。でも、あきちゃんは……」 「なんでお父さんとお母さんがそんなことするんですか?僕は……お父さんとお母さんに誘拐された?…わかんない。比嘉さんの言うこと全然わかりません。」 200万円の入った封筒を比嘉さんに押し返した。 「受け取れません。信じません。」 頭の整理がつかない。 「これは、あきちゃんのための金だ。ちゃんと受け取りなさい」 強引に押し付けられて、受け取るしかなくなった。こんなあり得ないことが。 今まで僕は全くの他人に育てられていたということ。わがままし放題で、他人に無邪気に甘えてきたということ。 その他人が、僕を誘拐した犯人だということ。 バイト帰り、秋夜さんの部屋に来た。 今日は、秋夜さんはバイトに入っていなかった。 「あき?元気ないね。」 僕はソファーで横になる。顔を覗き込まれた。 「…秋夜さん、僕、自分がわかりません。」 「そう。」 頭を撫でられて甘えたくなる。 「明日、早いですか?」 離れたくないと強く服を握った。 「明日、午後からだよ。あきは?」 「3限からです。」 「そう」 秋夜さんの僕を見る目は優しい。 「俺も横になりたいな。あきと一緒に。」 「え」 「あっち行く?ベッド」 思っていた以上に早い。…でも、良い。甘えたい。現実がなんだかわからないから、おかしくなりたい。手を引かれるまま、ベッドに行った。先に仰向けに寝かされた。 「あき、泣きたいなら泣いて良いよ。」 「秋夜さん…。」 秋夜さんが隣に寝転がる。 「俺ね、あきが可愛い。辛い顔されると助けたいの。ねえ、あきは1人じゃないよ。」 抱きしめられた。温かい。ほっとする。頭を撫でられて、力が抜けていく。 「僕、秋夜さんがいてよかったです。」 「良かった。そう言ってもらえて。」 だけど、これから起こるであろうことが怖い。秋夜さんにしがみついた。手に力が入って震える。 「あき…」 秋夜さんの唇が僕の瞼に触れた。 「怖いことがあったから俺んとこ来たんだよね。たくさん甘えて良いよ。」 唇が重なる。舌が絡まる。頭の中が真っ白になる。何も考えなくて良いって、言ってくれてるように思う。耳を齧られて背中がゾクゾクしてくる。呼吸の仕方がわからない。 「かわいい。」 「もっと。」 「ん?」 「僕をぐちゃぐちゃにして」 涙が溢れて止まらない。 「どうしたの?」 秋夜さんが困惑するのがわかる。申し訳ないけど気持ちが収まらない。 「おかしくしてほしいんです。何も考えたくないから。秋夜さんしか…こんなことお願いできないから。」 苦しくて耐えられない。その気持ちを押し付けようとする僕は汚い。恋や愛がないような気がする。ただ、縋る場所を見つけただけの汚い頼り方。 「…ごめんなさい。秋夜さん。ごめんなさい。」 子どもみたいに泣いてしまう。秋夜さんはやっぱり優しくて、抱きしめてくれる。 「あき…俺といる時だけ、全部忘れて良いよ。」 服の中に秋夜さんの手が入って素肌に感じる暖かさが呼吸を乱す。誰にも触られたことがないところに少し秋夜さんの指が触れただけで体が反応する。 「あき、本当に良い?」 「はい」 秋夜さんに、返事をする。今までしたことがないこと。僕はこの日初めてセックスをした。秋夜さんに全部任せて委ねて。秋夜さんを受け入れて、掻き乱されて頭も体もおかしくなって、僕の現実を忘れたかった。 無我夢中でわけがわからなくて。 ただ、乱れるだけ。 それだけで良かった。
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