Bloody Wine

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ブラッディワインが解禁されて3日目、今夜も私はポンというコルクの栓が抜ける心地良い音を聴いていた。 マスターが美しい赤色の液体をグラスに注いでくれ、私は味わう事も無くゴクゴクと飲み干しマスターが続いて注いでくれた二杯目のブラッディワインも一気に飲み干した。 「アルコールにもだいぶ慣れて来たみたいですね」 「そうですね。このワインの影響かな」 「執筆の方は如何ですか?」 「全く…早く効果が現れてくれると良いのですが」 アルコールにからきし弱かった私だったが、ブラッディワインを吞む様になってからはかなり強くなってきていてこれは副効果とも言える。ブラッディワインの提供者である有名作家がアルコールに強かったからだろう。けれど関心の執筆に関してはまだ効果が現れていない。早ければ三日程で効果が現れるらしいので、私は早く執筆したくてウズウズしていた。マスターが三杯目を注いでくれて私はまたゴクゴクと飲み干した。 「焦らなくても大丈夫ですよ」 「私のブラッディワインは後何本残っているのかな…今夜で三本目だから…」 「全部で八本なので後五本です」 「そうか…八本だったね。一本が七百五十ミリリットルだから八本で六リットル、私の血液量が約五リットルだから…」 それ以上は意識を失っていた。このバーに通い始めてからは毎晩そうだった。元々がアルコールに弱いタチなので仕方がない。一晩にワイン一本を飲み干す事は私にとっては至難の技だった。酔い潰れた私をマスターがタクシーに放り込んでくれて私は家に辿り着く。そして翌朝には激しい頭痛で目が覚めるのだった。酔い冷ましにブラックコーヒーを飲んでいると、看護師で夜勤明けの妻が帰って来た。今朝も二日酔いの私を見て不機嫌な様子が明らかだ。 「全く、良い御身分ね、毎日毎日二日酔いで…それで執筆の方はどうなの?捗ってるの?」 「…ああ」 「本当?ブラッディワインの悪評が雑誌に載っていたけど、本当に大丈夫なの?一本百万円もするのよ?分かってる?それを私が働いて稼いだお金で買ってるのよ?大体作家として才能も無いあなたが…」 「黙れ!」 私は私を攻め立てる妻に怒りを抑える事が出来ずに思わず手を挙げた。温厚な性格だと自負しているので自分でも驚いたけれど、これもブラッディワインの副効果の仕業だろう。提供者は気性が激しくて有名だったからだ。 ー貴方の才能が開花するー それがブラッディワインの宣伝文句だった。有名スポーツ選手や才能のある役者や音楽家や作家の血液を何回にも分けて採血し、人間の身体に流れている血液量まで採血する。そしてその血液はワインに似たアルコールに加工されて、様々な才能を欲しがる人間に高額で売買される。採血された提供者には同量の別の血液を輸血される事はもちろんの事だ。 才能のある人間の血液を体内に取り込む事により、その才能が果たして自分の才能となるのか?明確に科学的な立証はされてはいないし、詐欺まがいだと批判されている事はもちろん私も理解している。だが…何年も前に一度だけ小さな文学賞を受賞しただけで、後は鳴かず飛ばずの売れない作家の私は藁にも縋る思いでブラッディワインの購入を決めた。私が購入した提供者は、本を出せば間違いなく飛ぶように売れる今が旬の若い作家だった。もう一度陽の目を浴びたい…それが私の切なる願いだった。 それからも私はブラッディワインのバーに毎夜通い詰めた。一本また一本、飲み干していくうちに若い作家の血液が、創作力が私の身体に染み込んでいく。それと同時に妻への暴力はエスカレートしていき、七本目を飲み干した日に妻は家を出て行った。 最後の八本目を飲み干した夜、私は酔い潰れる事無く、執筆意欲に溢れていた。いよいよ効果が出てきた様だった。家に帰り私は急いで頭の中に溢れ出した言葉をパソコンに向かって打ち始めた。言葉が面白い位に止まらなかった。何を打ち込んでいるのか自分でも分からない位に物凄いスピードで作品を紡いでいったが、この作品が確実に面白いであるはずだという確信があった。飲まず食わずで丸一日パソコンに向かっていた私は、完成した作品を読み返す事無く編集者にすぐにパソコンで送信した。編集者はこの作品を読んで傑作だと目を丸くする事だろう。私は一人で祝杯のワインのコルクを開けた。ブラッディワインではなく、ごく普通のワイン。どうやらアルコールが無くては落ち着かない身体にになってしまった様だ。 一時間後、編集者から電話があった。 「先生、作品を読ませて頂きましたが…これは今人気のあの作家の映画化もされた作品ですよね。盗作どころかただの丸写しなのですが…何かあったんですか?」 私は愕然とした。才能のある作家から血液を分けて貰っても、それは新しい素晴らしい作品が執筆出来る様になるという事では無かったのだ。過去の作品をただなぞる事が出来る様になるだけ…なんだ、そういう事だったのか。
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