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どくん、どくんと、こめかみの内側で脈の音が木霊する。
びくっ、びくっ、とポンプのように白濁を絞り出す下半身の愚かさは、遅れて罪悪感としてやってくる。
出たくない。奈月の中にずっといたい。
萎んでしまったって、ずっと奈月の隙間を埋めていたい。
奈月の膝を解放して、繋がったままうっすらと額に浮かぶ水滴をそっと親指で拭い、さらさらでふわふわな髪の毛を手櫛で整える。
すっかり柔らかくなってしまったペニスが音もなく外れてしまい慌ててテッシュを取り、「自分でできるから」と足を閉じようとする奈月を制止して、僕ので汚してしまった秘めた場所を優しく拭いた。
我ながら、引くほどの量が出た。
彼女が分泌したものではない白いドロドロとした液体が、奈月の中から溢れ出す。
その様を見ているだけで、また反応してしまいそうだ。
「も、いいから…。ねぇ、拓也くん………抱っこ」
足を閉じてベッドに転がった奈月が、両腕を広げて僕を呼ぶ。
求められれば何にでも応える覚悟を持つ僕は、瞬間的に奈月を抱き竦めた。
僕の胸に柔らかな頬を押し付け、ぐりぐりとマーキングしてくる、愛おしい彼女。
奈月が猫だったら良かったのに。
首輪を付けてずっと僕のそばに置いて、決して部屋から出したりしない。
どれだけ僕を引っ掻いて傷を付けても構わない。痕に残りそうなほどのミミズ腫れすら、愛おしい痛みへと変わるはずだ。
胸元に、奈月の熱い息がかかる。
「お友だち、別れ際になんて言ってたの…?」
どことなく浮かない声音で、ぽそりと問われた。
別れ際の隼人の言葉を思い出す。
——例のアレ、モニターさん用にすぐ使える仕様になってるから。良かったかどうかだけでも今度教えてくれよな!
「あれは……」
言えない。
まんまと乗せられて使っただけでなく、まさか感想を求められているだなんて。
「…なんでもないよ」
結果的に、またストッパーがぶっ壊れて膣内射精してしまった。
抜かずに二回も。
できれば三回したかった。
貪欲な僕は満たされたそばから、底が抜けたバケツのようにすぐ空になる。
それよりも、確認しなければならないことを思い出した。
僕たちにとって、とても大切な話。本来ならばセックスをする前にはっきり聞くべきことだったのに、堪え性のない僕は、いつも欲望に負ける。
「なにが『大丈夫』なの?」
「え?」
「避妊…、しなくてもいいだなんて。どういう意味の『大丈夫』だったの?」
安全日だからたぶん大丈夫ということだろうか。それとも、いつでも僕と家族になれると思ってくれているのだろうか。
後者なら嬉しい。
能天気な僕は、それ以外の返答を予想もしていなかった。
「あのね……実は…」
そっと僕の胸をあたたかい手のひらで押して、二人の間に隙間を作る奈月。
表情を窺えるようにという意図だろうに、顔は俯いたままだ。
彼女にしては珍しく、僕から視線を逸らして言い淀んでいる。
逡巡したのち、そっと僕を覗き見る。その時の表情は、今まで見た奈月のどの顔とも違って、かすかに憂いを帯びていた。
恋人に別れを告げる時の女性はこんな風な表情を作るのだろうか、と感じた。
嫌な予感に、急激に心が冷える。
「わたしね、ピル、飲んでるの…」
「……え…?」
——頭をガツンと殴られたよな衝撃が走った。
それは、今奈月が妊娠することはない、ということで……。
つまり、僕のすべてを受け入れてくれていた訳では決してない、という宣言だろうか。
理解が追いつかない。
どうして自分がこんなにもショックを受けているのか、衝撃を受けるだけ受けて、気持ちの整理ができない。
感情だけが先に走り、思考が止まってしまっているかのようだ。
「いつ…から?」
聞きたいことはたくさんあるのにうまく言葉にできなくて、本当に聞きたいこととは遠い質問だけをようやく絞り出した。
「一年くらい前にね、仕事中に突然生理がきちゃったことがあって…。その時、不順気味だったのね…」
うん、と相槌を打ったつもりだったけれど、声が掠れて、頷くだけで精いっぱいだった。
「そしたら、沙織さんが低用量ピルを勧めてくれたの。周期も安定するし、生理前の不調も軽減してね、それからずっと…」
僕が嫉妬に狂って暴走し、一番最初に勝手に膣内射精したときには、既にピルを服用していたということか。
奈月の本来の使用目的とは違ったけれど、結果としてそれは正しい自衛行為となったということだ。
素晴らしい危険察知能力だと、心の中で称賛した。
僕は、僕の遺伝子を奈月に植え付けることで、彼女を縛り付けようとしていたのだ。
今更ながら、本当に、なんて暴力的で自己中心的な行為だったのかを痛感する。
「拓也くん…怒った…?」
奈月が、おそるおそる僕を覗き込んでくる。
「怒ってない…。全然、怒ってないよ…」
どうして僕が彼女に怒れるというのだろう。
本当に、怒りという感情は抱いていない。
「じゃあ、許してくれる?」
尚も心配そうに、揺れる瞳で僕を見つめてくる。
「……許しを請わないといけないのは、僕の方だよ……」
奈月は、理不尽な性暴力から自分を守ったにすぎないのだ。
「なんで、拓也くんを許すとかそういう話になるの?」
まっすぐな瞳を受け止めることができなくて、目を逸らした。
この気持ちは、後悔なのか、失意なのか、罪悪感なのか。
そのすべてであって、けれどどれも一番大きな感情ではない気がする。
自分が情けなくて、言葉が出てこない。
「全然わかんないよ…。やっぱり、内緒にしてたから怒ってる?」
奈月が僕の視線の先に入ってこようとするから、思わず目を閉じた。
「違う…、違うんだ。そうじゃなくて…」
重すぎる独占欲を押し付けておいて、拒絶されていたからと、勝手に絶望感を抱いているだけのことだ。
やっと頭の中で整理できた気持ちの、なんと情けない事か。
身体を起こして奈月に背を向けて、ベッドサイドに腰かけた。
どうして今まで教えてくれなかったのかと聞きたいけれど、最悪な返事しか思い浮かばない。
僕にそれを言ってしまったら、もっと奈月を乱暴に性欲処理のために利用するとでも思われていたのだろう。
しかし、聞いたところで、彼女はきっと違う答えを用意して優しい嘘を付く。
嫉妬心に負けて、醜悪な独占欲をぶつけてしまった時から、とっくに幻滅されていたのかもしれない。
僕の自制心がないばかりに、奈月を傷つけた。
「奈月……」
「………なに?」
小さく揺れる、大好きな声が聞こえる。
「僕のこと、振ってくれない?」
どんな表情の機微も見逃したくないと思っていたのに、恐くて、振り返ることはできなかった。
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