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命の重さ
『私には取り柄がない』
小さい頃から、何の不自由もなく、普通の家庭で育ち、普通に学校に通い、普通に高校を卒業した。
成績も普通。目立つことも、いじめられることもなく、何となく皆と同じ様に過ごしてきた。
好きな事は何だろう?何がしたいのだろう?絵を描くのは好きだけど、人に見せるほどではない。ただの趣味だ。他は?やりたい事は?
そういえば動物は好きだ。良く近所のペットショップで、ぼぅと動物を眺めてる。
自問自答を繰り返し、何社か内定をもらったが、結果、隣町のペットショップに就職することになった。
そして就職をし、運命のその人と出会う。
「わしは店長の狐狸田有栖じゃ!よろしくたのもう!」
口調が独特っ!?
そしてキラキラネーム!?……と思ったが、そんな事は決して言わない。
「はじめまして。普通野子です、よろしくお願いします」
「ノコか?変わった名前じゃの!」
あんたもね……と思うが決して言わない。
アリス先輩は2つ上の20歳。誰にでも明るく接し、いつも笑顔で、皆に好かれるタイプの女性だ。ただ、喋り口調がおっさんだ。
◆◇◆◇◆
入社してから1ヶ月…先輩に仕事内容を教えてもらいながら徐々に雰囲気に慣れてきた。従業員は店長を入れて4名。数百匹の犬、猫、鳥、爬虫類の面倒を見ている。休日以外はお客さんも少なく、1日中、動物達のお世話でほぼ終わる。
このお店……どうやって経営してるんだろう……?
「これが猫じゃ。わかるか?猫じゃ!」
大丈夫か?この人は……と思うが決して言わない。
「アリス先輩はなんで、ペットショップで働こうと思ったのですか?」
直球で聞いてみた。
「うむ。わしの父が社……わしは動物が好きなのじゃ」
身内の会社かい!……と思うが決して……いや、ぼちぼちツッコミを入れようかとも考える。
「この子を見てみろ。わしがここの店におる意味がわかるじゃろ?」
先輩が指差す先には1羽の真っ白な小さい鳥がいた。
「えぇと………これは文鳥?ですかね」
「そうじゃ。ぶんちじゃ。かわいかろ?」
「は、はい……(ぶんち?)そういえば値段も何も書いてないですね」
「このぶんちはの、売り物ではない。ある時、店の前に飛んで来ての。わしの肩に止まったのじゃ。どこから逃げたのか、人に懐いておった」
「へぇ…そうなんですね。この文鳥さんがアリス先輩がここにいる意味と何か関係があるんですか」
「うむ。見ておれよ…」
そう言うと先輩は、おもむろにカゴから文鳥を外へ出した。
「あっ!アリス先輩!逃げちゃいますよ!」
「大丈夫じゃ!わしにベタベタで、ぶんちは逃げは………あっ!!」
バタバタバタッ!!
その白い文鳥はケージから勢い良く飛び出し、店の外へと飛んでいくっ!!
「こらぁぁぁぁ!!待たぬかぁぁぁ!」
「ちょ、ちょっと!アリス先輩っ!お店はっ!!」
「構わぬ!追いかけるぞっ!」
文鳥はお店から飛び出し、道路を横切り、向かいのマンションの方へ飛んでいく。
ビィィィィィィ!!
車のクラクションが鳴り響く中、先輩は構わず道路を横切り、追いかける!
「こらぁぁぁ!!危ないだろう!!死にてぇのかっ!」
「すいませんっ!すいませんっ!」
先輩の代わりに運転手さんに謝りながら道路を横断したところで、足が止まった。
「……ハァハァハァ……アリス先輩?」
先輩の前には、40代くらいの女性と、小学生くらいの女の子がいた。
「ぴぃちゃん!?こんなとこにいたのっ!」
「ママッ!ぴぃちゃん帰って来た!」
「うん!帰ってきたね!でももう新しい子をお迎えするしねぇ……」
飼い主と思われる人の肩に、白文鳥が止まっている。
「おぬしが、ぶんちの飼い主か?」
「ぶんち?は、はい!この文鳥はうちの子だと思います!先日、マンションの窓から逃げてしまって!鳥だし、広いところを飛びたかったのかなぁ!て話をちょうどししていたとこ……」
そう、話を続けようとする女性を先輩が……
『パァァァァァァァァァン!!!!』
いきなり、思いっきりビンタした……
「え……?」
私は目が点になる。
バサバサッ!!
文鳥もびっくりしてまた飛んでいく!!
「い、いきなり、何するんですか!!警察呼びますよ!」
「マ、ママァ!!」
怒る女性と、女性の後ろに隠れる少女。
「おろかなニンゲンよ。食いコロシテやろうか……」
「ひぃっ!」
明らかにいつもと違う先輩…
「ア、アリス先輩っ!ぶんちちゃんが逃げちゃいます!」
怒りに震える先輩をどうにか、文鳥の方に気を向かせ追跡する。腰を抜かした女性は警察に電話をかけているのが見えた……
◆◇◆◇◆
3時間後……辺りは暗くなり始めていた。
文鳥の近くまでは行けるがすぐに飛び立ってしまう。
「ハァハァハァ…アリス先輩……もう暗くなりますよ…」
「うむ……しょうがない。これだけは使いたくなかったのじゃが……ノコよ。今から使う魔法は他言無用じゃ…」
「魔法っ!?先輩っていったい何者なんですか!?」
そう問い詰める私に、アリス先輩はニコッと笑う。そして……
「我がアリスの名において命ずる!いでよっ!大蜘蛛よっ!!」
ゴロゴロゴロゴロ……遠くで雷が鳴り始めた!
目の前の文鳥も飛ぶのを躊躇し、キョロキョロしている。
その時だった!!
『ファサァァァァァァ!!』
空から蜘蛛の巣が降ってくる!!
「ま、まさか!本当に魔法を!?」
蜘蛛の巣にかかり、動けない文鳥を先輩が捕まえた!
「シシシッ!ぶんちよ!観念いたせっ!」
「ピィ?」
「アリス先輩…私、見てはいけないものを見てしまった気がします…」
鳥捕獲用ネットが文鳥のいた場所にかかっていた……
「うむ。ノコよ、回収をしておくが良い。今日はお疲れ様じゃ」
「は、はい……」
あれは魔法などではなかった。少し期待した自分がいたのに…
さっそうと帰っていく先輩の後ろ姿を見ながら、色んな意味ですごい人なのだと悟った…
◆◇◆◇◆
翌日。
「おはようございます!アリス先輩!昨日はお疲れ様でした!」
「おう、ノコか!おはようじゃ!」
朝8時30分。朝礼をし、皆それぞれの持ち場の掃除に向かう。
「ノコちゃん、昨日は大変だったみたいにゃ」
「クルミ先輩、そうなんですよ。アリス先輩が文鳥を追いかけて……」
「聞いたにゃ。アリス様は鳥が大好きなのにゃ……飼われてる鳥達は、野生では生きていけないにゃ。それを人間が外に出してしまうのは死を意味するにゃ」
「そっか…それでアリス先輩はあんなに怒って…あ、あれ……?」
私は急にめまいがし出して、座り込んでしまう。
カツン…カツン…カツン…
「ア…アリス先輩?」
「うむ。そろそろ、魔法が切れる頃じゃの…ノコよ。忘れるなよ。犬も猫も鳥も人間も皆、同じ命…じゃが、あの子らは人間の様に言葉で意思を伝えることが出来ないのじゃ。熱くても寒くても苦しくても……な。あの子らが最後に目を閉じるまで面倒を見てやれ。頼んだぞ…」
そう言うと先輩はニコッと微笑んだ。
「ノコよ…おぬしには取り柄がある。忘れるな…シシシッ!」
そして、私はそのまま意識が遠のいていった……
◆◇◆◇◆
「……コっ!ノコっ!気が付いたのっ!誰か先生を!」
ピコン……ピコン…ピコン…ピコン……
何やら機械音がする……ここはベッドの上?
ここは……病院?
意識がハッキリしない。夢を見ていたような…
「良かったぁ……」
「お…お母さん?」
そこには、私の手を握る母の姿があった。
「あなたね…道路に飛び出して車にはねられたのよっ!もう1週間も目を覚まさなくて…うぅ……」
涙を流す母。そしてすべてを思い出した。
「ぴぃちゃん……」
そうだ。小さい頃、文鳥を飼っていた。お母さんが掃除をする時に窓を開けてそこから逃げて……!
「ぴぃちゃんっ!!」
先輩と見た親子は……あの少女は、姿は違えどまるで小さい頃の自分だった。
「私…あの時、ぴぃちゃんを助けてあげれなかったんだ…」
私は、後悔と悲しみに包まれていく…
お母さんの話では、入院は3ヶ月はかかるそうだ。骨折、打撲などあったが奇跡的に命は助かり、目を覚ました様だった。
私はその日から鉛筆を握った。そして、ぴぃちゃんの絵を描き始める。何枚も何枚も……
救えた命を私は…私は生きているのに…あの子は…
絵を描けば描くほど、後悔が募っていく。アリス先輩はまだあのペットショップにいるのだろうか。もう1度会って答えが欲しい。私はこれからどうしたらいいの……?
◆◇◆◇◆
あれから3ヶ月経ち、退院の日を迎えた。その足で、お母さんに隣町のペットショップまで連れて行ってもらう。お母さんの話では就職していたのは間違いない様だ。ただどうして道路に飛び出したのか、周りの人に聞いてもわからなかった。
「こんにちは!お疲れ様です!」
「ノコちゃん!もう大丈夫なの?」
「はいっ!ようやく退院出来まして!真理先輩、アリス先輩とクルミ先輩はおられますか?」
きょとんとした表情を浮かべる真理先輩。
「アリス?クルミ?うちにはそんな名前の従業員はいないわよ?クルミっていう名前の猫ちゃんならいるけど……ノコちゃんやっぱり頭を打ったせいで…」
「えっ?どういう…こと…?」
4月―私はこのペットショップに就職した。そして1ヶ月が過ぎた頃、1羽の文鳥がケージから飛び出して私が追いかけて車にはねられたことを知った。
警察が来て話をしていたそうだが、時々独り言を言ってた私をパートのおばちゃんが見ていたそうだ。
私には取り柄がない。今までそう思って生きてきた。違うんだ。取り柄がないのではなく、一生懸命にやり遂げた事がないのだ。あの時逃した白文鳥はきっとアリス先輩になって私に教えてくれたんだ。私は決めた。せめて絵を描いて、ずっと忘れず思い続けよう。鳥絵を描き続けて命の大切さを伝えよう。
もう取り柄がないとは思わない。私には、鳥絵がある!!
◆◇◆◇◆
彼女はその後、ペットショップで働きながら犬、猫、鳥達の保護活動に尽力し、傍らで鳥の絵を描き続け、生涯、動物と関わる人生を歩んでゆくことになる。
そしてそんな彼女を皆はこう呼んだと言う。
『鳥絵ガール』と。
「ノコよ…おぬしには取り柄がある。忘れるな…シシシッ!」
―完―
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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