(一・九)火事、災害、人災、孤独

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(一・九)火事、災害、人災、孤独

「ねえ、かなしみさま……」  健一はかなしみさまに、疑問をぶつけようと思いました。けれどまた画面が替わりました。  今度は一転して華やかな大都会、アメリカのニューヨークです。光の宝石を散りばめたような、それは綺麗な夜景が広がっています。 「わあ、おしゃれ」  かなしみさまへの質問も忘れ、健一は見とれてしまいました。  まさかこんな所では、今までみたいなかなしいこと、苦しいこと、貧しいことなんか、ないに決まっている。健一はそう思いました。ところがそんな健一の気持ちを見透かしたように、かなしみさまが言いました。 「健一くん。こんな華やかな街にも、かなしみは一杯あるんだよ」 「ええっ、うっそー」  疑う健一の前で、また画面が替わりました。  画面一杯に、赤い炎が燃え上がっています。火事です。高層ビルが火事で燃えているのです。煙と炎がビルの窓からどんどん出て来ます。逃げ遅れた人たちが、懸命に助けを求めています。 「助けてーーっ、誰か早く助けに来てーーっ」  うわーっ、これは大変だあ。健一は焦りました。誰か早く、助けてあげて!  良く見ると、ビルの下にはたくさんの消防自動車が集まっています。でもビルが高すぎて、救助が間に合わないのです。  うわーーっ、どうすればいいの?  健一は自分のことのように、頭がまっ白になりました。  画面はまた別の街の景色に替わりました。そしてそこでは大雨が降っています。  ザーザー、ザーザー……。  ザーザー、ザーザー……。  激しい大粒の雨が、何日も何日も降り続いているのです。  どこの街かというと、ヨーロッパはイタリアの水の都ベネチアです。その中の大きな運河に沿った住宅街の様子です。降り続く大雨のために水位が増して、とうとう大量の水が住宅街へと押し寄せて来ました。大洪水です。  まるで恐ろしい津波のよう。水の流れが速すぎて、住民はみんな、逃げ遅れてしまいました。家の一階も二階も、あっという間に水の中です。人々は屋根や屋上に上って、必死に助けを求めています。 「助けて、誰か助けてーーっ」  子どもたちも懸命に叫んだり、恐怖に泣いています。でもどんどん水かさが増して、無情にも次々と、住宅街の家々を飲み込んでゆくのでした。なんて恐ろしい光景でしょう。 「あゝ、大人も子どもたちも、みんな助からないよ。かなしみさま、何とかしてよ」  健一は大声で叫びたい気持ちで一杯でした。でもどうにもなりません。 「健一くん。わたしも、かなしいんだよ」  かなしみさまの重く沈んだ声が、健一の耳に響いてきました。  かと思うと、また画面が替わりました。今度は大地震です。場所は、中国の上海。そこで地震が起こったのです。  ビルや家々が大きく揺れて、崩れ落ちました。その下敷きになって、たくさんの人が死んでいます。中には生き埋めになって、助けを求める大人や子どももたくさんいます。でもどこにいるのか、なかなか見つけ出せません。 「助けて、誰か助けてーーっ」 「息が苦しいよ。早く来て」 「ぼく、ここにいるよ。誰か見つけて……」  早く救出しないと、みんな窒息したり、飢えのために死んでしまいます。でも被害が大きすぎるのと、捜索が難しいために、すべての人を救出できるか分かりません。 「うわーっ、どこも大変なんだなあ」  改めて健一は、かなしい気持ちで一杯になりました。  画面は再びニューヨークに戻りました。摩天楼の夜景が相変わらず、華やかで綺麗です。  ところが銃声が響きます。 「バーン、バーン、バーン」  ギャングです。ギャングがピストルを発砲したのです。撃たれた相手は血だらけになって、路上に倒れました。即死です。こういった犯罪、殺人事件が世界中で後を絶ちません。  ギャングたちはさっさと車で逃げていきます。ウンウンウーン……と警察のパトカーがサイレンを鳴らして、後を追いかけます。焦ったギャングは信号無視、歩行者を次々にはねてしまいました。 「うわーっ、こわーい」  健一は思わず声を震わせました。 「事件や事故で大切な家族を失くした人たちのかなしみも、それは大きく深いものなんだよ、健一くん」 「そうだね」  かなしみさまの言葉に、健一は頷くしかありませんでした。  画面がまた替わりました。ニューヨークの高層マンションの中にある、誰かの部屋のようです。  その部屋の中では、ひとりの男の人が深刻な顔をして、頭を抱えていました。何か悩みでもあるのでしょうか? 「この人、どうしたの?」  心配になった健一は、かなしみさまに尋ねました。かなしみさまが答えます。 「この人はね、仕事もできるし、収入もいいんだよ。だからこんな豪華なマンションに住んでいるのさ。でもね」 「でも?」  健一が不安そうに、重ねて尋ねました。 「うん。この男の人はね、家族が遠くにいて、一人暮らしなんだ。だけど心を開いて話せる相手が、周りに一人もいないんだよ」 「ええっ、お金持ちなのに?」 「そうだよ。だからさびしくて、ああやって人生に悲観的になっているんだね」 「そうなんだ……」  健一も暗い気持ちになりました。 「孤独、ひとりぼっちで悩んでいる大人も、世界中にたくさんいるんだよ」 「へえ、大人もいろいろと大変なんだね」  ため息を吐く健一。ニューヨークの夜景はゆっくりと消え、画面はまたまっ暗になりました。
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