第二章

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 エンデランド中央閣府の重要人物たちが、続々とサンレオーネを目指すなか、すでにサンレオーネ入りを果たしたフェリオ一行。聖域──神殿へ向かうべく、禁足地とされる石舞台の地下へと降りた。  地下空間は、かつてサンレオーネが都市であったころ使用されていた地下墓地(カタコンベ)であるという。なかは複雑に入り組んだ作りになっている。ロードの見解では「もともと碁盤の目状に作られていたが、ところどころにある落石によって行き止まりの道が出来てしまったのだろう」とのこと。  かくいう現在およそ午前九時。  ところどころ休憩をはさみつつ、四つ目の行き止まりにぶち当たったところである。 「あーもうだめだ。ちょっと休もうぜ」  と、フェリオが幾度目かの休憩を所望し、大岩を背もたれに地べたへ座る。周囲を見回すロードも「そうですね」とうなずいた。 「この落石も当時の大地震が影響しているのかなぁ。逆にここまで道が残っているのも奇跡ですよ」  ほら奥に墓地区画が見えます、と。  ロードは大岩に顔を押しあてて、隙間から向こう側を覗く。  さて、地下へ降りてからは通常運転だった汐夏だが、ひと休みということで、何の気なしにこの大岩に触れたとき、ふたたび目の前の景色が変わった。 「! …………」  だいぶ慣れてきた。これは──過去の映像だ。  なぜなら、大岩がない。  向こう側にはいくつかの墓石が見える。ロードの言った通り、もともとは通り道だったらしい。直後、汐夏の背後から向こう側へと駆け抜ける影があった。 (あっ!)  汐夏がおもわず背筋を伸ばす。  向こう側へ駆ける影は、石舞台のところで見たふたりの女性だったからである。彼女らは駆ける足を止め、何言かを交わす。その腕には、上質な絹にくるまれた赤子がそれぞれ抱えられている。ひとりが右奥を指さした。ふたりの顔がわずかにあかるくなる。やがて、婦人たちはその方角へとふたたび駆け出した──。  パンッ。  破裂音によって、汐夏の意識はもどった。  眼前でロードが手を叩いた音だった。一瞬呆けた顔をしたものの、現状を把握する。  また視えたんですか、とロードが腰を屈めた。  うん、と汐夏が指をさす。 「さっきの女のヒトたち。アッチ行った」 「右奥ですか──それなら、ここに来る途中で素通りした横道まで戻りましょう。あそこを進んだら右奥の方へ行ける」 「ウン。……」 「また、なにか怖いもの見たのか」  フェリオが眉を下げた。  汐夏はううん、と首を振る。しかし彼はなおも心配そうに立ち上がり、汐夏の肩を抱いてやる。 「あんまりイヤなモンが見えたときは、おれかロードの名を叫ぶといい。すぐに意識を戻してやる」 「ウン……でもダイジョブ。女のヒトどっちも赤ちゃん抱っこしてた。かわいかったヨ」 「赤ちゃん?」 「地震の最中に赤ん坊を連れてこんな地下へ? 無謀なことをしますね。よほど聖域は安全と踏んでいたのか……」  言いながら、ロードはすこし来た道をもどる。  背後ではあまり遠くへ行くなよ、とフェリオの声が飛ぶ。無論、はぐれるほど遠くへ行くつもりはなかった。  ただ、これからの進路を確認しようとおもっただけで──。 「ウッ!」  不意に、ロードがうつむき顔を抑えた。  ザワザワザワ。  ザワザワザワ。  胸のざわめきとともに、視界にノイズが走る。  直後、 『ウワーーーーッ』  という叫びとともに、白黒の世界がひろがった。ロードは硬直している。一歩だって足を動かしてはいないのに、視界は風のごとく飛び去った。まるで一心不乱に走っているかのよう。  なんだこれは?  と、胸にわき上がる恐怖感とともに、ロードがおもわず膝をついたときだった。その視界にうずくまる人影を見た。  荒い息遣いとともにどんどん近づき、人影はくっきりと形を成してくる。黒い外套、肩までの黒髪、見慣れた横顔。これは──。 「なっ」  ロードがあわてて右うしろを見た。  遅い。それは目前に迫っている。ドクン、と心臓が跳ねる。金属音が響き渡る。  と同時に、脳天に激痛が走った。  世界は色をとり戻し、足元でなにかがぐしゃりと潰れる音を聞く。あまりの痛みにふたたびロードがうずくまると、ポンッと肩を叩かれた。双錘を肩に担ぐ汐夏であった。  激痛は一瞬で、いまはなんともない。  いったいなにが──と足元を見てぎょっとした。プレートアーマーを身につけた男がひとり、臥せっている。どうやら気を失なっているらしい。  アーマーに施された紋章に見覚えがある。  これは、近衛師団の鎧だ。 「近衛師団兵……」 「音がして、こっち来たらビックリ。ロードうずくまってて、コイツ剣振り回してこっち来たヨ。あとすこしで斬られるとこネ」  と、汐夏が遠くを指さした。  近衛師団兵が持っていたものだろう、サーベルがころがっている。先ほど聞こえた金属音は、汐夏が剣をすっ飛ばしたものだったらしい。それから彼女の手持ち武器である双錘で、この兵の脳天をかち割ったのだろう。  可哀想に、頭を守るヘッドアーマーは吹っ飛ばされて、目を回している。戦闘民族の汐夏が思いきりぶん殴ったのだ。無理もない。  すこし遅れて、フェリオがのっそりやってきた。彼は彼で、すっとんきょうな声をあげた。とつぜん汐夏が駆け出したのでおどろいて来てみれば、この惨状。いろいろと予想外の展開がすぎる。  ロード、とフェリオが手を差し出した。 「大丈夫か」 「え、ええ──問題ありません」  差し出された手をとって立ち上がる。  ちいさく深呼吸したのち、汐夏に向き直った。 「シーシャ、助かりました。ありがとう」 「お互いさまネ。で、どした?」 「いや……これは。その、なんと言ったらいいのか。──」  ロードは視線をさ迷わせ、やがて足元の近衛師団兵を見た。 「そうだ。それより彼、いったいどうしたんでしょう。神殿につづく横道から来たんです。一心不乱に走って、恐怖しているようでしたが」 「恐怖?」 「あ、いや。おそらく」 「…………」  フェリオは首をかしげる。  が、すぐにうなずいて師団兵のそばにしゃがんだ。 「にしても、どうして近衛師団がここに。おれたちより先に神殿へ行ってたのかな」 「私たちもずいぶん迷いましたからねェ。この迷路ですし、抜かされた可能性はあります。そもそもあのときに言ってましたしね。『レオナ様についてはこちらも別途捜索させてもらう』と」 「ああ」 「私たちが気づいていないだけで、サンレオーネ──いや、この深道にはすでに近衛師団がわんさかうろついているかも……」  と、言いかけたロードはふたたび額を抑えた。  チラチラと視界が揺らぎ、やがて世界がモノクロに変わる。それと同時に聞こえてきたのは、聞き覚えのないだれかの声だった。  ──……から、オレは待ちくたびれた。  ──とかくアレは殺さず生け捕りにして連れてこい。  ──地区兵団の番犬がついていやがるが、ガキが二匹だ。  ──そっちは好きにしてかまわない。  ──いいな。これは、サンレオーネの命令だ。  モノクロの世界。  ヘッドアーマーの隙間から覗き見るような限定された視界のなかで、声の主がちらりと見えた。  薄い上裸に長く伸びた手足。  肩口に刻まれたタトゥー。  肩まで伸びた明るい髪。  長い前髪の奥に光る双眸。  その瞳に映るは──。 「!」  瞬間。  複数の足音が聞こえた。  足音に混じって、プレートアーマーが立てる金属音も聞こえる。音はどこからともなく近づいてくる。 (いや)  ロードには視えている。  ぞろぞろと武器を構えた一団が、こちらに向かっている。分かる。声も聞こえる。  ──……様。  ──……オン様。  ──シオン様の仰せのままに。  つぶやく者のなかには、プレートアーマーを着込む人間もいる。 (シオン様?)  モノクロ世界に映る三つの人影。  ロードはパン、とおのれの頬をたたき、ショルダーホルスターから銃を引き抜いた。
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