第二章

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 わずか三分間の死闘。  狭い深道内にさまざまな音がとどろいた。  汐夏が振るう双錘の打音、地面に倒れ伏す者たちの断末魔、ロードの銃声──。ただひとり武器を持たないフェリオだけが、大岩のそばで邪魔にならぬよう縮こまっていた。  はじまりは突然のことだった。  ロードがおもむろに銃を取り出したとおもったら、いつの間にか背後に迫る武装集団に迷いなくぶっ放したのである。集団は近衛師団のアーマーを身に着けた者のほか、軽装の若者たちも混ざっている。ロードいわく「アルカナ教団員でしょう」とのこと。銃弾を胸に受けて絶命した者、双錘の打撃によって脳震盪を起こし気絶する者など、深道は死屍累々。  汐夏とロードは近接、遠隔武器それぞれで互いにカバーし合いながら、いっさいの反撃をゆるさなかった。九人もの刺客をばったばったと倒すや、たいした息切れもなくフェリオの無事を確認しに来る。 「おフェリ、けがした?」 「いや……大丈夫」 「ロード」  と、汐夏が眉をしかめて死屍を見下ろす。 「おかしいヨ。近衛師団と教団員、いっしょにワタシたち殺しにきた」 「──教祖シオン」 「なに?」  フェリオがこわごわと死屍に近づいた。  アーマーを着た近衛師団たちは、みな汐夏の双錘による打撃攻撃によってやられたらしい。鋼素材の強固な作りにもかかわらず攻撃をうけたところはもれなく壊れている。彼女の腕力がどれほど恐ろしいものかを物語っていた。  対する教団員の方はいずれも胸に穴がひとつ空くのみで、すべて一発で急所を仕留めたのがわかる。なるほど、地区兵団の指揮官選任も伊達じゃない。  あの、とロードは言いにくそうに口ごもる。 「先ほど──私にも発現したようです」 「発現?」 「サンレオーネの力」  エッ、と汐夏の瞳が光る。 「どんなの⁉」 「まちがっていたら気まずいので、あまり言いたくなかったんですが。こいつらのおかげで自覚しました。私のはおそらく、……人の感覚を共有する力、のようです。視覚、聴覚、痛覚、このなかの誰かの目を通してすべてを共有していた」 「痛覚?」 「ええ。ですから、さっきシーシャに殴られたのはけっこう効きましたよ」 「ア。ごめん?」 「いえいえ。ノトシス地区兵団の強さ、身をもって知ることができて良かったです。共有を解いてしまえば痛みもなくなりますから」  といって、ロードはひとりの近衛師団兵のヘッドアーマーを外す。  フェリオには知らない顔だが、ロードはうなずいて、その顔をおもいきりひっぱたく。二発、三発と叩くうちに師団兵はぐうとうめいて目をあけた。眼前で見下ろすロードを見て「ひっ」と喉をひきつらせる。  どうやら近衛師団のなかでも、地区兵団の士長レベルは脅威に値する存在であるらしい。ロードは目を細めた。 「どうも。ご気分はいかがです?」 「……な、なぜ貴様らがここに」 「それはこちらの台詞です。われわれが神殿へ赴くことはあらかじめ近衛師団にも伝達されたことだったとおもいますが」 「…………ああ。そうか、いや。むしろ──俺はいったい」 「いったいなにがあったんです」  言いながら師団兵を起こす。  汐夏に殴られてアーマーが破壊された頸部をさすり、彼は弱々しくつぶやいた。 「この地下墓地に入ってから、正直記憶がはっきりしない」 「お仲間はぜんぶで何人?」 「う、うちの部隊は十名だ。嗚呼──貴様らに殴られて昏倒しているのはぜんぶ仲間だな。そっちの、死んでいるのは知らないが」  といって、師団兵は軽装の若者へ顎をしゃくった。  ロードは浮かない顔で辺りの惨状を見る。ロードが攻撃した者たち──教団員三名──はもれなく死亡しており、残りの師団兵五名も目を覚ます気配はない。 「あなたを入れて六名ですか。残り四名のお仲間はどこです?」 「知らない。記憶がないと言っただろ」 「神殿には行ったんでしょう。その記憶も抜けていますか」 「神殿。……」  師団兵の目がうつろになる。  ロードには確信がある。先ほど、このなかの誰かの感覚を通して見た世界で、たしかに彼らは対峙していた。──教祖シオンと。  ロードは乱暴に、師団兵の髪を掴んだ。 「教祖シオン。貴方がたは接触したはずだ」 「し、知らない! お、俺はなにもおぼえていない……ほんとうだっ」 「おい、ロード」  と。  見かねたフェリオが声をかける。ロードは肩をすくめて、師団兵の髪を離した。ガシャンと地べたに崩れ落ちた師団兵は「ひい」と情けない声を上げると、そこここにころがる仲間に見向きもせず、深道を出口の方へと駆けだした。  どういうことだ、と眉をひそめるフェリオに、ロードは先ほど感覚共有時に見聞きしたことを伝えた。 「おそらく、彼がおぼえていないと言ったのはほんとうのことでしょう。シオンがどのような力を持っているのかは知らないが、他者の意識をトランス状態にして操ることができるのかも」 「あやつり人形!」  汐夏がタンフールを取り出して一口食べる。  その光景に、ロードのピリついた心も落ち着いた。 「まあ、そんなようなものだと思います。とにかくこれではっきりしました」 「なにが」  と、フェリオは顔をあげる。  彼は息絶えた教団員ひとりひとりの目を閉じさせている。  つまり、とロードは当初進むべき道としていた、横道を指さした。 「この先。そう遠くない場所に、われわれ最大の目的である教祖シオンがいる、ということです」 「上等ネ。さっさと行って、レオナ様救出するヨ」 「ああ──そうか。そうだな、」  ふいにフェリオが腰をかがめる。  そこいらに落ちていたダガーナイフを拾い上げた。  おフェリ、と汐夏が目を丸くする。 「それどうすんの」 「どうって、護身用に。さっきみたいに端っこで丸くなってるのは性に合わねえ」 「だったらもっと長いのあるヨ」  と、汐夏が足元のサーベルを拾った。しかしフェリオはあいまいに微笑んで首を振る。それからダガーナイフの握りを二、三変えて、ひと振り、ふた振り。感触をたしかめるとうれしそうにうなずく。 「これでいい。おれにはこっちの方が、扱いやすい」 「ふうん」汐夏はサーベルを投げ捨てる。 「ロード。もう行ける?」 「ええ、行きましょう。たださっきの話を聞くかぎり、少なくともあと四人の近衛師団兵が、洗脳によってどこかに潜んでいる可能性があります。じゅうぶん気を付けて」 「まかせろ」  フェリオが生き生きとしだした。  長年の傭兵生活によるものか、掌中にナイフがあるとスイッチが入るものだ。サンレオーネへ足を踏み入れたときとはうって変わり、五感が研ぎ澄まされて、雑音ひとつまで明瞭に聞こえる。  もはや敵は近い。  一行はこの細い道を、ロード、フェリオ、汐夏の縦列に並び、ゆっくりと進む。  ──待っているぞ、フェリオ・アンバース。  ──……待っているぞ。  正体のない声が、フェリオの耳奥に響いた気がした。
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