第二章

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 おかしなことが起きている。  明らかに重々しい鉄扉の手前で、フェリオ一行は足止めを食らっていた。その足止めとはプレートアーマーを着こんだ十名以上の武装師団兵。しかも今度の彼らは、どうも理性的なようである。  おい、とフェリオが背中合わせに武器を構えるロードに声をかけた。 「どうなってるんだロードッ」 「私に聞かれてもわかりませんよ……見た感じさっきの師団兵のように、洗脳されているようでもなさそうですし!」 「オマエラの敵、ワタシたちじゃないネ! なんのつもりかッ」  汐夏がどなる。  しかし近衛師団兵は剣先をそらさずに口々さけんだ。 「なにをいう。先ほど師団長より正式に命令をいただいた。フェリオ並びにそれに加担する地区兵団の者たちこそ、真の敵であると!」 「な、……なんだと?」 「覚悟!」  ふたりの師団兵がサーベルを突きだした。  この攻撃を合図に、周囲の師団兵もサーベルを振り上げて突撃。一行は三対十という数的不利をものともせず、果敢に立ち向かう。とくにフェリオは傭兵時代の動きをからだが覚えていたか、年齢にそぐわぬ俊敏な動きで攻撃をかわし、相手の首もとを的確に切った。  バタバタと倒れる師団兵。  残り三人か、と希望が見えたとき、背後から駆けくる足音がする。その数およそ二十人──。汐夏は舌打ちした。 「キリないネ。ロードッ」 「はい?」 「おフェリと神殿行けヨ。ここワタシ抑える」 「冗談よせ、あの数相手にひとりは無茶だ!」  と、フェリオがひとりの喉をかっ切る。  しかし汐夏は二本の錘を軽々と振り下ろし、ふたり同時に昏倒させるやふたたびロードッとさけんだ。その声色はひじょうにするどい。  ロードは銃の構えを解いた。 「致し方ありません。フェリオ」 「お、おいロード」 「ここはシーシャに任せましょう。私たちは先に」 「シーシャ!」 「侮るなヨおフェリ。ワタシ、全地区兵団のなかで二番目に強い。すぐ追っかけるから先で待ってて」  と、汐夏はふたたびふたりを伸して、能天気な声色で手を振った。しかし近衛師団がそれを許すはずもない。十人がかりでロードとフェリオに向かう。ひらりと攻撃をかわし、神殿へつづく鉄扉に手をかける。扉が開く。フェリオは覚悟を決めて汐夏に背を向けると、わずかな隙間からからだを滑り込ませた。そのうしろからロードがつづく。──はずだった。  ロードが進もうとした瞬間、扉はおそろしいほどの勢いで閉まったのである。  わずかでも身体が挟まっていたら千切れたのではとおもうほど。ロードがたじろぎ、ふたたび鉄扉に手をかける。しかし扉はさっきとはうって変わりびくともしない。 「フェリオ!」  ロードがさけぶ。  しかし、向こう側から返事はない。どころかこちらもそれどころではなくなってきた。汐夏が取りこぼした敵がロードに襲い掛かる。ロードはすかさず銃を構えてぶっ放す。しかしプレートアーマーが弾丸を通さない。  ロードは舌打ちした。 「暑苦しい恰好で邪魔しやがって──しかたねえ。シーシャ、援護します」 「おフェリは!」 「わかりません。もはや彼の無事は祈るしかなくなりましたッ」 「つくづく鬱陶しい奴らネ!」  汐夏は二度目となる舌打ちののち、盛大に双錘を振り上げた。  ────。  急激にからだが浮上する感覚をおぼえた。  気が付けば、いましがた入ってきたはずの鉄扉はどこにもない。巨大な石造りの円柱が道を作るように両側六本、天井はアーチを描く。円柱ロードの先には筆舌尽くしがたい美麗なモチーフがふたつと、その奥に人がひとり横たわれるほどの石段がある。  石段の裏側から風を感じる。  道がつづいているのだろうが、それらしいところは見当たらない。なんにせよ、ロードと分断された瞬間からまるで別世界に来たと錯覚するほど静かな空間である。ふたりのことは心配だが、もはや彼らのもとへ戻る術もない。 (しかたねえ)  フェリオはゆっくりと歩き出す。  同時に、この光景の美しさにあらためて驚愕した。  古代に造られたとはおもえないモチーフの数々。奥行のある広い空間、極彩色にいろどられたアーチ型天井。石段を囲むように掘られた溝には透明な水が湛え、緑の蔦が円柱を這う──。  ここが、サンレオーネの深層。  レオナの神殿なのだろうか。  ふらりとフェリオの足が奥の石段へむかう。  ゆっくり、ゆっくりとした足取りで、からだは意思に反してその場所を求めた。 (──待っているぞ。フェリオ・アンバース。……)  自分を呼んだ声。  フェリオは確信していた。自分を呼んだのは、ここだ──。  その足が水の輪を越えて、石段にたどり着かんとするときであった。  咆哮がとどろいた。    ハッと我に返る。  石段のうしろ──風を感じる方角から聞こえた。フェリオが手中のダガーナイフを握る。腰を落とす。どこかから獣の息遣いがする。フェリオがじりりと後退した。  ふたたび咆哮がして、石柱の影からなにかが飛び出す。  ──なんだ?  見慣れぬ獣である。  ネコ科の猛獣に近しいが、その犬歯はおそろしく長く尖り、獲物を前にあふれ出たよだれによってぬらぬらと厭らしく光る。猛獣はぐるるると喉をうならせ、重心を低くとった。その体躯は大きい。きっと二本足で立ち上がったならフェリオをも超すかもしれぬ。  フェリオはにやりとわらって戦闘態勢をとった。  猛獣が爪を立てて飛び掛かる。  すばやい。が、フェリオはひるまない。飛び掛かってきた獣を横っ飛びでかわすと、それをむんずと横抱きにして抑え込む。そのままごろごろと転がり、獣を下にして首元にかじりついた。  獣はぴくりと一瞬動きを止める。  その隙にフェリオは左手でダガーナイフを振り上げる。切っ先が獣の横っ腹に刺さるまさにそのときであった。  ぱち。ぱち。ぱち。  背後から拍手が聞こえた。  一瞬、フェリオの力がゆるむ。  その隙に獣はあわてて脱け出し、拍手の方へと駆けだした。  フェリオが口元をぬぐって振り返る。いつの間にいたのか、円柱の一本にもたれた人間がゆったり拍手をしていた。 「…………?」  だれだ?  フェリオが目を細める。  人物は拍手を止めてこちらに歩いてきた。無防備にも武器や防具はなにもない。どころか、その上半身はなにも身に着けておらず、薄い胸板と肩口のタトゥーがいやに目につく。すらりと長い腕、腰から足首まで長く広がったカバースカートの下には鉄でできた左足の義足がぎらりと光った。  からだを見るかぎり、男である。  男は長い前髪の隙間から覗く瞳を細めて、口角をあげている。 「なんだ、おまえ。……」 「待っていたぞ。フェリオ・アンバース」 「!」  フェリオの目が見開いた。  この声。ずっと脳裏に聞こえていた、エンデランドからの呼び声。ここ神殿からのものと勝手におもいこんでいた、すこし高めのハスキーボイス。 「お、お前が」 「ずっと待っていた。貴様の到着を」  といって、男は足元にすり寄る獣をひと撫ですると、パッと腕をひろげた。 「我が城へようこそ。オレはおまえを歓迎するよ」  とほほ笑みすら浮かべて。
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