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酒場にて
「はい、親方、さっき見たんです」
ヨシュアは、海辺沿いの酒場にいた。
この辺りの船乗り達を束ねる親方に、ヨシュアは、必死に人魚の話をしていた。
「ははは、人魚だと?急ぎの話があるというから、付き合ってやったのに、人魚かっ!」
親方は、ヤニだらけの歯を剥き出しにして、大笑いした。
「そんな、世迷い言で、借金が返せるか?」
「ですから、その、借金のために!」
「お前の妹の方が、よっぽど、役にたってるぜ」
親方は、意味深な笑みを浮かべ、ヨシュアを見下ろした。酒場の二階から、小さな笑い声と共に、野太い男の声が、響いてくる。
「また来てね」
「航海から戻ったらな」
日焼けした男が、ヨシュアの妹、サマンサと並んで降りて来ると、その愛らしい唇を奪った。
「まあ!まだ、足りないの?!」
ふふふと、サマンサは、笑うと、男の頬へ口づける。
「じゃあね」
男を店の入り口まで、送ったところで、親方がサマンサを、呼んだ。振り向いたサマンサは、ヨシュアの姿を見て息を飲んだ。
「サマンサ、今日は、良く客を取った。もう、帰っていいぞ」
はい、と、か細い声で、親方に返事をすると、サマンサはすぐに俯いた。
「サマンサ、帰ろう」
二人は黙って歩く。ようやく家が近づいてきた頃、ヨシュアが言った。
「すまない。お前に、あんな仕事をさせて」
「母さんの、病院代の為ですもの」
ふたりの母親は、重い病気で遠い街の大きな病院に入院している。その費用はとても高額だった。
「サマンサ!これから海へ行こう!人魚を見たんだ!」
「人魚?」
「ああ、本当だ!捕まえれば、もう、あんな仕事をしなくていいし、母さんだって、すぐに良くなる!まだ、いるかもしれない、急ごう!」
二人は、海を目指して駆け足で向かった。
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