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 九月に入った頃、関は統括リーダーの辻原に呼ばれ、個別面談を受けることとなった。  面談と言っても堅苦しい場を設けるのは辻原の好みでないらしく、最初は「一緒にご飯を食べよう」という誘いだった。  正午を過ぎ、関は辻原とともに、病院からすぐそばにある「コロラド」という喫茶店に行った。  まだまだ暑い日で、少し歩くだけでも日差しが気になる。  店内に入ると、昼時だというのに他に誰もいなかった。冷房は適度に効いている。薄暗い照明に褐色の窓ガラス、濃いエンジ色の革張りソファ、壁には訳の分からないタペストリーがいくつも掛けられていた。  二人は座るなり、揃ってナポリタンを頼んだ。 「最近どう、仕事の方は」  辻原は言った。彼女は管理職の立場から、業務成績だけでなく労務管理に関しても、支社に報告する責任がある。 「そうですね、特に、何もないです」  関はコップの水に口を付けた。 「ええと確か、中央病院に来て五年目、入院受付を担当して三年目になるんだっけ」 「はい、今年の四月で」 「じゃあ、もうけっこうベテランの域だね」 「いやまさか、そんなことないですよ」  関は苦笑した。詳しいことは知らないが、安座富町中央病院との委託契約は、もう十年以上も昔から、関の所属する株式会社AIM(エイム)が請け負っているらしかった。  関は入社当初は県内の別の病院で外来受付に従事し、それから中央病院に転属になり、同じく外来受付を二年間担当したあと、入院受付に配置換えとなった。 「あまり遠回しに言うの苦手だから、はっきり聞いちゃうけど、関さんとしてはウチで医事の仕事を、今後も続けていきたいって思ってる?」 「あ、はい、それはもちろん」  良くも悪くも、他に答えようがなかった。 「そう、良かった。じゃあ少し長い目でね、年齢的なことも考えて、もっとスキルアップしてほしいんだ。関さん、もう受付業務を長いことしっかり続けてきて、後輩も増えて、病院の仕組みとか医療制度とか、大体のことは分かってるでしょう?」 「大体と言われると……ちょっと自信ないですけど」  関は支社で定期的に行われる研修や勉強会には、できるだけ出るようにしている。だが結局のところ、実務で直接使わない知識はなかなか身につかない。 「関さんのモチベーション次第だけど、外来の算定をやってみない?」  そういう話だろうなと、途中から関は予想していた。  外来算定は常に人手不足で、辻原リーダーとしても支社としても、スキルを持ったスタッフを養成したがっている。 「外来の算定ですか」 「うん。外来は、スピードと正確さを求められるから。向き不向きってのはあるんだよね。患者さんがずらっと並んでも、慌てないでいられるかってこと。関さんは向いてると思うんだ」 「そうかなぁ、けっこう小心者ですけどね、私」  関は少し笑い、辻原の顔を見た。  30人ほどいる中央病院の委託スタッフたちをまとめ上げる、彼女の存在感は大きい。改めて真正面から彼女を見て、穏やかな眼差しの中に強い意志を感じた。  かつて初めて会ったときは、小柄で迫力のないリーダーだなと思ったが、気づけば、その印象は覆っていたものである。
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