Arrival

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Arrival

 なだらかな坂を登ると、突き当りに立派な洋館が見える。春の終わり頃になると、坂の両端にはツツジが咲き乱れるため、その洋館は近隣住民から「ツツジの館」と呼ばれていた。  辺り一帯は、昔から上流階級が家を構える1等地だが、時代の流れとともに土地を手放す者が増え、千をこえる坪数を誇るのはツツジの館を含む数件のみとなってしまった。  その坂道を、スーツ姿の人物が歩いている。  ツツジの館の当主、東雲淳也(しののめじゅんや)が1日の仕事を終えて戻ってきたのだ。  通常、その手の屋敷の住人は、運転手付きのハイヤーで通勤する。  さらには、仕事などせずに社交界に出入りして顔を繋げておくだけで、有り余る資産で左うちわの生活をしている者だっている。  けれど、ツツジの館の若き当主は、自分の足で毎日坂を上り下りしていた。  多少変わり者と噂されているが、一部の好奇の目をいちいち気にするほど暇ではなかった。    淳也は、古いがよく手入れされている2重の門扉を開けて、本玄関へと続くアプローチにその身を滑り込ませた。すぐさま庭で放し飼いにしている3匹の愛犬が駆け寄ってくる。 「おい、やめろ。くすぐったい」  じゃれついてくる3匹を一通りかわいがってやった後で、恒例の特別なオヤツを与えてやる。  「順番だぞ」  奪い合うようにオヤツを食べた3匹は、満足したように大人しくなる。  妻に先立たれてから独り身を貫く淳也に縁談話は後をたたないが、言い寄ってくる女性にはみな多少なりとも財産目当ての色が見え隠れし、なかなかその気になれなかった。  ただ、広い屋敷にひとり暮らしもやはり寂しく、犬を飼い始めたらハマってしまった。  これではますます結婚が遠のくかもしれない。  
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