Arrival

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 屋敷の中に入ると、芳醇なバターの香りが玄関先まで漂っていた。   「お帰りなさいませ坊ちゃま」    トテトテと出てきたのは通いの家政婦吉津(よしず)。淳也の脱いだ上衣を受け取ろうとする。 「いいよ、自分でやる」  背の曲がった吉津に持たせるより、確実に自分でやった方がハンガーに近い。 「それから坊っちゃんはやめてくれ。俺ももう29なんだから」 「え?なんですって?」 「………いや、別になんでもない」    耳が遠い吉津だが料理は抜群に上手い。毎日昼過ぎにツツジの館にやって来て、午後の時間をたっぷりかけて屋敷の一階部分を隅々まで掃除し、夕食の準備もしてくれる。  淳也がまだ幼い頃、先代当主に一時期メイドとして仕えていたらしく、吉津は淳也のことを未だに坊ちゃまと言う。 「実は初孫が生まれそうなんです。それで、もし良ければ明日は暇をもらいたいと存じます」 「それは楽しみだな。いいよ、休むといい。それと今日ももうあがっていい」 「ありがとうございます、坊ちゃま。明日のお夕食も作っておきましたので火を通してからお食べください。今日の分はお給仕してあります」  吉津を門扉まで見送ってやる。3匹の愛犬が腰の曲がった吉津に飛びかかりでもしたら大事だから、これも恒例行事だ。  昼過ぎに吉津が館に来るときも、仕事途中でわざわざ家に立ち寄って犬たちを抑えておく。淳也が傍にいると犬たちはみな大人しいのだ。  手間だが苦にはならなかった。彼らを見るとどうしても庭に放してやりたくなってしまう。  防犯にもなっているから一石二鳥と思っている。  
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