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「食べるかい?」
傍らのテーブルに食事を運び、椅子をひいて座るように促す。
雪子はベッドから降りようとして躓いた。
「おっと」
淳也がとっさに手をひいたので顔面着地することは避けられたが、明らかに雪子の身体は弱っていた。
もうかれこれ、ここに来て半年になる。出かけるどころか陽の光にもほとんど当たっていない。
とにかく食事だけでも食べさせないと。椅子に座らせるが、雪子は淳也の袖を掴んで離さない。
「ダメだよ。自分で食べれるだろ」
潤んだ目で見つめられるといけない。
いけないと解っているのに……
せがまれて口づけた。
まるで抗えぬ不安から必死に逃れようとするかのように、夢中で絡みついてくるやわらかい粘膜。思わず応えると徐々に沸騰してくる体液に脳が痺れる。
舌先に血の味が滲んで、我に返った。
「まずは、食事を食べようか。元気にならないとね」
精一杯の理性を総動員させて小さな身体を引き離すと、雪子は玩具を取り上げられた子どものように瞳を揺らす。
気持ちを落ち着かせるために別の話題をふってみた。
「そういえば、今日、役所であの豚野郎に会ったよ」
ビクリと身を震わせるその眼には、ありありと恐怖が宿る。
この感情はなんだろう。
愛しい。愛しい。愛しい。
でもちょっと困った顔もみたい。
食事が済んだら、身体を綺麗に洗ってやり、髪をといてやる。
その間もずっと雪子は淳也の手を握っている。
わかった、一緒に寝ようか。
でも少し離れないといけないよ。
でないと、また、君を壊してしまいそうだから。
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