Arrival

5/5
前へ
/11ページ
次へ
「食べるかい?」  傍らのテーブルに食事を運び、椅子をひいて座るように促す。  雪子はベッドから降りようとして躓いた。 「おっと」  淳也がとっさに手をひいたので顔面着地することは避けられたが、明らかに雪子の身体は弱っていた。  もうかれこれ、ここに来て半年になる。出かけるどころか陽の光にもほとんど当たっていない。    とにかく食事だけでも食べさせないと。椅子に座らせるが、雪子は淳也の袖を掴んで離さない。 「ダメだよ。自分で食べれるだろ」  潤んだ目で見つめられるといけない。  いけないと解っているのに……  せがまれて口づけた。  まるで抗えぬ不安から必死に逃れようとするかのように、夢中で絡みついてくるやわらかい粘膜。思わず応えると徐々に沸騰してくる体液に脳が痺れる。  舌先に血の味が滲んで、我に返った。 「まずは、食事を食べようか。元気にならないとね」  精一杯の理性を総動員させて小さな身体を引き離すと、雪子は玩具を取り上げられた子どものように瞳を揺らす。  気持ちを落ち着かせるために別の話題をふってみた。 「そういえば、今日、役所であの豚野郎に会ったよ」  ビクリと身を震わせるその眼には、ありありと恐怖が宿る。  この感情はなんだろう。  愛しい。愛しい。愛しい。  でもちょっと困った顔もみたい。  食事が済んだら、身体を綺麗に洗ってやり、髪をといてやる。  その間もずっと雪子は淳也の手を握っている。  わかった、一緒に寝ようか。  でも少し離れないといけないよ。  でないと、また、君を壊してしまいそうだから。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加