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Departure
浅い微睡みから覚める。
寝すぎたかもしれない。
見上げると屋根裏の高い天窓から差し込む光は朝を告げている。
隠し扉を内側から慎重に開き外に出ると、部屋は陽光に満ちていた。
ほんの少しのつもりが、しっかり眠ってしまったようだ。
それでも、まだ十分に時間はある。
今日は家政婦の吉津が来ない。
近々休みをとるだろうと予測できていた。
まさかこんなに早く来るとは思わなかったが。
雪子は、しっかりと自分の足で立ち上がった。
大丈夫。できる。
淳也の机の引き出しから、数日前にみつけた真鍮の鍵を取り出して、半年の間寝起きしていた屋根裏に引き返す。
淳也が訪ねてくるたびに何やらゴソゴソと作業しているのを、気付かないふりで全身で確認していた。
ベッド下に隠された小箱。それを取り出して真鍮の鍵を差し込んで開ける。
ようやく手に入れた。
これがあれぱ、あの庭を通過して、この屋敷から抜け出せる。
少しずつ準備してきた。
全ての行動は、淳也のいない、吉津のいない午前中に行った。
何より心身を健康に保つこと。
痕跡を残さぬように狭い部屋の中でできることは限られる。1時間かけて十分に身体を伸ばし、それから両腿上げを五百。屈伸を五百。女学校で習った全身の体操をしっかり3回。
その後でいつも階下に降りて、注意深く屋敷の中を調査をする。脱出できそうな場所はないか必死に探した。
屋根裏の隠し部屋は外から施錠されていたが、頭をつかえば開けることは容易かった。
1番の難所はそこでない。庭に放たれた犬たちだ。
あそこは家主がいなければ絶対に通過できない。
どんなにシュミレーションしても、どうしてもあの庭を横切らなくては外に行けそうになかった。
「これさえあれば、きっと……」
雪子は、小箱の中身を幾つか取り出して手に握りしめた。
もう後戻りは出来ない。
脱走が淳也にバレたら酷い仕打ちを受けるだろう。
淳也は、人の皮を被った鬼だ。
今度こそ命を落とすかもしれない。
この好機は一度きり。
雪子は振り返ることなく、屋根裏を後にした。
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