11-20

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11-20

-11-  年が明けた。  明ける、という言い回しは不思議だ。  日常の中で、年は『重ねる』ものだろう。  他に『明ける』ものは夜くらいだろうか。  だとしたら、旧い年はいつも暗いのかもしれない。  前途はいつも明るいのかもしれない。  僕は血のついた包丁を取り落とす。  この道行きの先も、明るければいいのに。 -12- 「叶わない夢だとわかっているわ」  浜辺で出会った人魚は切なげに呟いた。陸の暮らしを知りたい、人の家を見てみたいと言う。 「好奇心旺盛だなあ」  しばらく汽水域で体を慣らしてもらい、僕は彼女を山奥へ運んでやった。 「ちょっと古いけど」  ダムに沈んだ村を存分に探検し、彼女は大喜びだ。 -13-  晩飯時を過ぎた頃、不意に停電が起こった。  マンションのベランダから外を見ると、近隣一帯が真っ暗だ。  しかし夜空を見上げると、星がいつもより美しい。  その中を進む嫁入り行列が見えた。  狐は晴れた空を虹で彩るが――星の輝きで道行きを照らし、我々に見送らせる、アレは一体。 -14-  昔から時折、空を飛ぶ夢を見る。内容はその時によって様々だ。  少ししか浮いておらず、しかし足は地に着かなくて困る夢。  飛んだと思ったら急降下し、パニックになる夢。  そして今日は、高く高く、どこまでも昇ってゆける夢。 「夢ではないですよ」  今日は隣に誰かがいる。 「この景色も、見納めですね」 -15-  満開の桜の小道。人で賑わう中を、彼女は俯いて歩く。 「桜、見ないの?」  せっかくのデートなのに。せめて僕の方を見てくれないかな。 「だって……」  彼女が小声で囁く。  先ほどから少し前を歩いているのが、彼女の父親と、見知らぬ女性であることを。 -16-  餅が余った。  正月を過ぎて安くなったのを、母が非常時の備蓄として買い溜めたのだ。しかし食べ物には賞味期限というものがある。 「切れる前に使っちゃおう」  その夜、父が喉に餅を詰まらせた。  機嫌が悪いとすぐキレる厄介者であったが、昨年退職してお役御免となった所だった。 -17- 「『その男は屍肉を切り刻む事を生業としていた。また、その隣の男はある意味で異界の生物の構造に精通しており、見事に捌いてみせた』……コレ国語の作文じゃなく、社会科の職業体験レポートのはずなんだけどな? 行ったのは商店街よね?」 「肉屋と魚屋のプロの技を見せて頂きました」 -18-  夜の散歩に出る。  今日は月まで行ってみようか。  ヒトに見えない階段を登って。  雲の上で寝転がって。  風に運んでもらって。  降り立った月で、ヒトの目に見えない生き物の群れに会う。  生まれる前の、「タマシイ」と呼ばれるそれら。  今の自分とよく似たすがた。 -19-  友人に勧められてカラーコンタクトを入れてみた。  不思議なことに、赤のカラコンならその人の体力ゲージが。  青なら抱えた病気が。緑なら趣味や特技が見える。  私は茶色を愛用するようになった。  これは相手の名前が見えるだけだが、何年ぶりの知り合いに話しかけられても、怯まずに済むのだ。 -20- ついにスパイを突き止めた。コードネーム『カタツムリ』。名前の印象から鈍重な奴を想像していたが、案外普通の男だった。「惜しかったな。もう俺は『カタツムリ』じゃない」相手はニヤリと笑う。「今は『ナメクジ』だ」盗まれた機密情報は、既に他国の手に。
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