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その人魚は声を失うのが怖かった。だから魔女から薬を盗んだ。
浜辺で飲むと、魚の尾が脚に変わる。
だが脚はたちまち腐り落ちた。定着の魔法までは知らなかったのだ。
足のない少女は人間に捕らえられたが、彼女には類稀な歌声があった。
城へ献上された彼女が歌うのは、王子の結婚を祝う歌。
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白い鳥が現れる。嘴に白い紙を咥えている。
黒い鳥が現れる。こちらも白い紙を咥えている。
白い鳥は過去から。
黒い鳥は未来から来る。
鳴き交わす鳥の言葉を私が紙に書いて、また持たせる。
過去から来る鳥には予言となり、未来から来る鳥には原因となる物事を記す。
現在の巫女たる私の仕事。
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流行り病で多くの死者を出した王都では、みなマスクをするようお触れが出た。
しかしある男はマスクを嫌がった。
「これは愚か者には見えぬマスクです」
彼が言い張ると、真似をする者が増えてきた。
「ではこのワインを口に含み、吹いてみよ」
真っ白な制服の騎士が鋭く睨むまでは。
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祖父の本棚は不思議だ。3巻や7巻といった、半端な物ばかり並んでいる。
「処分したシリーズは、私にとって卒業した学校のようなものでね」
祖父は笑う。
「それでも時折読み返したくなるエピソードは、忘れたくない友人や、恩師の言葉のようなものなんだ」
やがて娘が言う。
「ママの本棚って…」
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妹の恋愛脳には辟易している。自分には全く関係のない、他人の在りようになぜあそこまで関心を持つのか。そして妄想をでっち上げるのか。
「妹さん、芸能人が共演してたら『裏で付き合ってる!』って言い出すタイプ?」
「男二人が出会ったら、恋が芽生えると信じてるタイプ」
「恋愛脳…?」
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私は昔から気が散りやすくて、やろうと思ったことをすぐ忘れる。
けれど重要案件は直前に気づいて、惨事を避ける事が出来ていた。なのに。
「ここの所、失敗続きで…もう年かしら?」
「まあ、これからはやり方を工夫する事だね」
旧友が小さく笑う。
「君の背後にいたお婆ちゃん、成仏したみたいだし」
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毎日、大きなすり鉢状の盆地を掃除して回る。
神官長曰く、草花は良いが木は生えてはならない。大きな石があれば取り除く。ここはいつか、世界の王が還る聖地なのだと。
不思議に思っていたが、ある日地面に大きな影が落ちた。
巨大な浮遊都市が、帰ってきたのだ。かつて在ったこの土地に。
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花火大会の写真を、大きく引き伸ばして部屋に飾っている。
「お気に入りの写真ですか」
インタビュアーが問う。
「ええ。僕がアシスタントしてた頃の」
長く美しく慌しく、過ぎてしまえば瞬きのような。
自分の時間は、あの人の傍らにあった時が一番輝いて、美しかったように思うのだ。
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「ああ、何ということだ!」
父は子を抱きしめて嘆いた。
「俺が悪かった、俺がお前の耳を忘れたばかりに」
子供は耳を真っ赤にして泣いていた。険しい顔をした母親は父親を叱った。
「日焼け止めは塗り忘れのないようにって言ったでしょ!」
昼間、子を外遊びに連れ出した父親はうなだれた。
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昔々、ひどい飢饉が村を襲いました。
公式からの供給は途絶え、村人達は一人また一人と村を出て行きました。
お爺さんは飢えたお婆さんのため、二次創作を編みました。
お婆さんはエモいエモいと喜んでお爺さんの作品を貪りました。
やがて二人は同じく飢えた村人のために(ここで途切れる
◇ ◇ ◇
語り部「…村人同士で作品を紡ぎ助け合うが、やがて解釈違いから対立が起こり、諍いを重ねた。
だがある日、突然公式からの供給を受けて村は燃え上がり、村人達は驚きながらもその火を囲んで手を繋ぎあったという。
『僕らはまるで友達のように踊るん」(ここでJASRACがやって来る
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