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東京に来て半年も過ぎると、梨々香は一人暮らしにもすっかり慣れ、田舎から上京してきた女の子の面影はもうどこにも見当たらなかった。
すっと背筋を伸ばし駅構内を闊歩する。今夜はハロウィンということもあってか、やけに人が多く、今から渋谷に繰り出すであろう仮装姿の若者を何人も見た。メイド、ゾンビ、有名映画のキャラクター、それからピエロ。梨々香にとってのハロウィンは仮装を楽しむことではない。あの忌まわしい記憶が、ハロウィンの全てだった。
思い出すと今でも気分が悪くなる。物陰からいつ祈が飛び出してくるかと、ありもしない幻想に心臓が早鐘を打った。もういない。ここにはいない。祈は今もあの田舎で誰かにとりついているに違いない。そう自分に言い聞かせホームに立つ。
その時だった。
「Trick or Treat?」
お菓子かいたずらか。梨々香の横にピエロが立っていた。白塗りの顔に奇抜なメイク。男か女かもわからない。驚きと恐怖で固まってしまった梨々香にピエロはいつぞやの梨々香のように「冗談ですよ」と笑い、ポケットから個包装のクッキーを取り出した。
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