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「なんて可愛いんだ!」
「貴方達以上に美しい子はこの世には存在しないわ」
それは聞き慣れた言葉だった。
部屋の隅に置いてある、ボロきれみたいなシーツが敷かれたベッドの端っこに膝を立てて蹲りながら、昔嫌という程に聞かされた言葉を脳内で繰り返し思い出す。
「エスメラルダ入るわよ!」
「ラル……」
部屋に入ってきた双子の妹のコーラルの愛称を呼ぶと、顔を上げた僕に視線を向けた彼女が美しい顔を明らかに顰めた。
昔は彼女ともとても仲が良くて、何時だって一緒に居たはずなのに彼女はそのことを忘れてしまったらしい。
「その顔でこっちを見ないで」
「……ごめん」
咄嗟に包帯が巻かれた顔を手で抑える。
痛みは無い。ただ、包帯越しからも感じるザラりとした感覚に自分ですら気持ち悪いと感じた。
「……ところで何か用?」
片方しか見えない目で彼女をチラチラと見ながら尋ねると、ラルは苛立ちを隠すことも無く近くにあった小物入れを手に取って床へと投げつけた。
それを見つめながら、またかって思う。
嫌なことがあると直ぐに癇癪を起こして僕の所に来ては物を壊すのは昔から変わらない。
「王太子様が26歳の誕生日に婚約者を選ぶんですって!」
「そうなんだね……でも、どうしてラルが怒っているの?」
恐る恐る尋ねれば、彼女は赤い顔を更に真っ赤にさせて床に叩きつけて壊れてしまった小箱を蹴りつける。
「18歳以上の貴族の女子は皆その婚約者選びに参加しないといけないのよ!!私は公爵家の一人娘だから婚約者最有力候補だってお父様が言うの!そんなの嫌よっ」
「……でも、王太子様の婚約者ならその内王妃さまになれるじゃないか……」
あまりラルを刺激しないようにそう言うと、彼女は嫌だ嫌だと首を振って駄々をこねる。
そんな彼女を見つめながら、僕にどうして欲しいのだろうかと思ってしまった。僕もラルと同じ18歳だ。けれど、男だからその婚約者選びには参加出来ない。
それに、僕のこの見た目ではもし性別が女子だったとしても選ばれることは無いだろう。
「どうしてそんなに嫌なの?」
「だって王太子様はかっこよくないんだもの!!」
僕の言葉にラルがとんでもないことを口走って思わず眉を寄せた。
僕は8歳の頃からこの部屋にほぼ軟禁状態で、外のことは分からない。だけれど、ラルが度々ここに足を運んでは、こんなことがあった!誰が婚約した!って噂好きの夫人みたいに聞かせてくれるから多少は皇太子様のことを知っている。
第2王子のオスマン様はそれはそれは見目の麗しい美男子で、その弟と比べると王太子様は見劣りする見目をしているらしい。
ラルは第2王子の婚約者になりたいと昔から言っていたから、今回の婚約者候補選びは彼女の第2王子夫人への道を阻む障害物の様な認識なのだと思った。
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