5..何も無い

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公爵家の入口の前まで僕のことを送ってくれたフェリクス様は、おやすみと儚げに笑って馬車へと乗り込んでしまった。 去っていく馬車を見つめながら、あんな悲しそうな顔のまま行かせたくなかったな……って思った。 完全に馬車が見えなくなると、フラフラと公爵家の中へと入った。 「エスメラルダ!」 名を呼ぼれて顔を上げると血相を変えたお父様と目が合って、あ……って声が漏れる。 お父様は僕の前に早足に歩いてくると、突然僕の頬を平手でぶってきた。 それに驚いて目を見開く。 「……え……なんで……」 今まで部屋に押しやられたり酷い言葉をぶつけられたことはあっても手を挙げられたことは無かったのに……。 「大変なことをしてくれたな!」 「え、僕っ……なにかしてしまいましたか?」 「王太子様とパーティーに出席した上にアニーシャ穣をコケにしたとか!アニーシャ穣の件はどうにでもなるが、よもやコーラルを差し置いて王太子様のパートナーになるとは!!恥知らずめ!手紙は破棄したはずだが、何処で手に入れたのやら。まるでこそ泥だな」 「ちがっ、僕っ」 お父様は今回のことを知らなかったってこと? ラルは今回のパーティーのことをお父様に隠していた? どうして? 「こいっ!!お前を部屋から出したのは間違いだった!!!コーラルの将来を潰す真似をするなど!」 「離してっ!!お父様!ごめんなさい!お父様!」 引き攣られながら通路を進み、部屋の前に来ると無造作に放り入れられて扉が固く閉じられた。 その間、僕の叫び声が屋敷中に響いていたけれど誰も助けてくれることは無かった。 「っ、お父様!!!」 「傷のあるお前にはなんの価値もない!!!宝石は1度傷つけば価値を無くすのだ。私のエスメラルダは死んだ」 「……そんな……そんなのおかしい!!僕はっ、僕は何も変わらない……僕はエスメラルダだよ……。お父様……開けて……」 突然のことに混乱していた。 フェリクス様の後ろ姿を思い出す。 肩を落とし寂しそうに笑っていたフェリクス様の姿を……。それなのに、慰めてあげたくても閉じ込められてしまってはどうしようもない。 むしろ、愚かにも僕を助けて欲しいと望んでしまっている。 「……うっ……うぁ……ぁぁ、っ」 ずるりと扉の前に屈み込んで涙を流した。 僕はなんのための存在なのだろう。 愛されたいと願ってもそれは叶わず、こうしてとじこめられ、大好きな人を慰めてあげることすら出来ない。 「っ、あああああ!!!」 僕の叫びが狭い部屋の中に反響していた。
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