5..何も無い

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〜コーラル視点〜 中庭に設置してあるガゼボに2人並んで腰掛けると、オスマン様がくすくすと突然笑い出して驚いた。 「どうされたのですか?なにか楽しいことでもおありですの?」 大袈裟に驚くふりをして首を傾げ、あざとい仕草をする。 そうしたらオスマン様の笑い声が増した気がした。 「どうして俺のことを好きなふりをしているんだ?」 「……っ!」 オスマン様の言葉に驚きすぎて一瞬言葉が詰まったけれど、気を取り直してなんのことか分からないふりをする。 「仰っている意味が分かりませんわ。私はオスマン様のことを心からお慕いしておりますのよ」 彼のことが好き。 その言葉を口にする度に心にどろりとしたものが流れてくる気がした。 「ふっ、演技などしなくていい。誰の差し金だ?何の目的で俺に近づく?」 「……オスマン様……」 私のこれが演技なのだと彼は完全に気がついている。何処でミスをしたのか分からなかった。私の演技は完璧だったはずなのに。 絶対に失敗してはいけなかったのに。 「どうして……」 「なんだ」 「どうして気がつくのよ……。折角ずっとずっと……長い間我慢していたのにっ。なんで今なの!!」 感情が揺れていて、思わず本音を吐き出してしまった。そんな私のことをオスマン様が相変わらずニヤニヤしながら見ていて、それが癇に障る。 「それが素か?」 「それが何!本当にいけ好かないやつね!!」 前々から思っていたのよ。 本当に大嫌い!何を考えているのか分からないし、全然好みじゃない!それでも……エスメラルダのために私は彼に近づくしかなかった。 「どうやらコーラル嬢は俺のことが嫌いらしい。だがそうなると、あんな演技をしていたことに益々興味が湧いてくるな。なんのためなのか是非教えて欲しい」 何時もは見たことの無い様な無邪気な笑みを向けられて眉間に皺を寄せた。 「フェリクス様に近づくためよ」 「兄上に?……分からないな。それなら直接話に行けばいい。それに婚約者候補にも選ばれていただろう」 「それじゃダメなの!フェリクス様にはもっと相応しい人がいる!!彼の力を必要としてる人がいるの!!!」 「……よく分からないが、俺に近づいても意味は無いだろう」 馬鹿にしたように笑うオスマン様をきつく睨みつけてやった。 本当にムカつくやつ。 「貴方がフェリクス様と仲がいいと耳にしたから、貴方と婚約すれば裏からフェリクス様にお願いができると思ったのよ」 「……つまりこの俺を利用しようとしていたわけか。はっ、面白いやつだな。成功するとでも?それに、こんな所に呼び出して、今は何を企んでいたんだ?ついでだ、聞いてやる」 偉そうな態度で尋ねられて、咄嗟に言わない!って言いかけた。 だけど、エスメラルダの顔が頭をよぎってグッと唇を噛むと自分の感情を押し殺す。 「……助けて欲しいの」 口から出た言葉は自分で思うよりも弱々しいものだった。
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