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「彼は子爵家の長男として生を受けましたが、今は平民として暮らしています」
「……それは僕の火傷が原因なんですよね」
「アルステッド公爵家は子爵家に対して多額の賠償金を要求しました。しかし子爵家にはそれを支払う資金は無く結局屋敷を手放し、子爵家は取り壊しになりました」
「……ごめんなさい」
僕は本当に何も知らなかったんだ。
いや、何も知ろうとなんてしていなかった。
自分のことばかりで僕に火傷を負わせた少年の家がそんなことになっていることすら考えもしていなかった。
彼は平民になってからどんな暮らしをしていたんだろう。
どれだけの辛い思いを乗り越えてきたんだろう。
貴族が平民として暮らしていくことがどれだけ大変かなんて僕には想像も出来ない。
「少年の母親は平民の暮らしに慣れず体を壊してこの世を去りました。父もまた人生を嘆きながら死んでいきました。少年は狭い家に1人取り残されてしまいましたが、幸いなことに強い風魔法が使えたため、用心棒や簡単な雑用をこなしその日を何とか凌いで生きていました。けれど、あの日のことを恨んではいません」
「……どうして……。僕があんな酷いことをしてしまったからっ!だから、あの子は家も失って家族も失って……独りぼっちになってしまったのに……」
独りがどれだけ辛いことなのか僕は知ってる。
悲しくて苦しくて、誰かを恨まずには居られなくて……それでも、生きていたいとみっともなく生にしがみついてしまう。
僕はそんな苦しみを彼に負わせてしまったんだ。恨まれたって仕方ないのに。それなのにどうして恨んでないなんて言えるの?
「確かに初めは恨みました。けれど、貴方よりももっと自分自身を恨んでいました。あの時感情的な行動に出てしまった自分自身を深く深く恨み、殺してやりたい程に憎んでいました」
「今は違うんですか」
「ええ。もう過去のことだと思えるようになりました。12の時フェリクス様に出会い、孤児だった私を騎士団に推薦してくれたのです。それから少しずつ心に余裕が出来てきました。ですから、今は恩人であるフェリクス様の護衛騎士として暮らすことことが出来ています」
ダリウスさんは僕を真っ直ぐに見て微笑んだ。
その顔にはなんの影も見受けられない。
「こんなことを言うと困らせてしまうかもしれませんが、私は貴方のことが好きだったのです」
「……僕のことが、好き?」
「ええ、幼い頃に振られてしまいましたが」
「……っ、あの時のクッキーは……あれはダリウスさんが作ったものなんですか」
逃げちゃダメだって思った。あの時の彼の思いにも、今の彼からも、全部全部受け止めてあの時起こった悲劇を全部知らないとって。
「子爵家のメイドと一緒に作ったものです。社交界で貴方を人目見た時に恋に落ちました。高価な物は用意出来なかったためあの様な粗末なものを渡してしまったのです。きっとあの時、私が貴方を思っていること自体が間違いだったのかもしれません」
ダリウスさんの言葉に僕はなんと返せばいいのか分からなかった。
ただ、彼の思いを間違いだと否定することはしたくなくて、そんなことないです……って喉の奥から小さく引き攣れたような声を出すことしか出来なかったんだ。
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