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しばらく放心状態だった僕は、身体の中に溜まっている鉛を取り出すようにゆっくりと息を吐き出してから、とぼとぼと中庭にある温室へと進んでいく。
薔薇が咲き誇る温室の、中央に備え付けられたガゼボに置かれているチェアに腰掛けて溜息をこぼした。
オスマン様とラルがやけに親しそうにしていた姿を思い出す。
ラルはずっとオスマン様のことが好きだと言っていたから、やっとその想いが実ったのかもしれない。
でも、お父様はラルのことをフェリクス様の婚約者にと勝手に考えているみたいだし、実際にフェリクス様の婚約者候補にラルの名前もあるんだ。
それなのに僕なんかがフェリクス様と婚約していいのかな……。
オスマン様は僕がここに居ることが気に食わないのだろうか。
「違う気がする……」
フェリクス様もオスマン様もラルも、皆本音を隠している気がするんだ。
僕はそれがなんなのか知りたい。
周りに目を向けるってどうやったらいいのか分からないけれど。
咲き誇っている薔薇の花を見つめながら、この花はあまり好きじゃないと思った。
ラルの様に美しい赤色の花。
愛を象徴する花だ。
僕には縁のないものだった。でも、フェリクス様は僕のことを婚約者にしたいって言ってくれて、愛してるって伝えてくれた。
だから、僕もその思いに応えたいと胸の奥では強く思っている。
だけど、やっぱり浮かんでくるのはラルの顔。
それから、火傷を負った自分の顔。
「……そういえば、ラルはあの時泣いていたな……」
僕が火傷を負ったあの日、僕の隣にはラルが居た。
確かあの時、降り掛かってくる熱湯を視界に入れた僕は、咄嗟にラルを突き飛ばしたんだ。
泣き叫ぶ僕を見つめながらラルは涙をいっぱい目に溜めて震えていた気がする。
正確なことは覚えていない。
随分昔のことだし、痛みでのたうち回っていたから。
だけど、あの時確かにラルの泣く顔を見た気がするんだ。
ラルは僕のことを本当に嫌っているんだろうか。
ふと、たまに思うことがある。
火傷を負って親から見捨てられた僕に使用人でさえ話しかけてくることは無かった。
けれど、ラルだけはどんな用件であれ話しかけてくれた。僕の大事な物を壊すけれど、決して僕には暴力を振るうことは無かった。
婚約者選びの時もそうだ。フェリクス様から誘われたパーティーの時だって、ラルは僕の衣装に手を抜くことはなかったし、似合っていると褒めてくれた。
……僕達は双子だから分かるんだ。
やっと分かったんだ。
ラルが婚約者選びに僕を行かせたのはフェリクス様に僕の傷を見てもらうためなんじゃないの?
だって、何度も言われた。
どうして治して貰わないんだって。
何度も何度も、ラルは僕を助けようとしてくれた。
「……もしかして……」
僕の呟きが温室内に響く。
僕がお父様に閉じ込められていることをフェリクス様に伝えたのはラル?
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