月夜譚

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月夜譚

 明るい月の夜。  最近眠りの浅い私は夜半に起きてしまい、玄関から続く廊下を通ってトイレに行くことにした。そのとき――  違和感があった。  しかし原因はわからない。いつも通り照明が煌々と廊下を照らしているだけだ。掃除自体はあまり好きではないが、埃がたまらないくらいには掃除するようにしているし、とにかく廊下に異常はない。  気になるが、とにかく原因がわからないし尿意もあったのでトイレで用を足すことにした。トイレも異常はなく、トイレットペーパーのストックが少なくなっていたので、トイレを出てからスマホのメモ帳に「トイレットペーパーを買い足すこと」とメモをして寝ることにした。  しかし先ほどの違和感が気になって仕方ない。私の第六感はその原因がとても重大なことだと告げているのだ。ソワソワして眠りにつけない。  とりあえずTwitterを開いてみて、よく一緒にFPSゲームをやるメンバーのいつも通りのつぶやきを目にしているうちに落ち着いたので眠りにつくことができた。  翌日は週末。その日も夜は晴れていて、昨日よりは少し欠けた月があたりを照らしている夜だった。私は大学のメンバーとFPSゲームをして夜更かしをしている。昨日感じた違和感なんて忘れてFPSに興じていたが、しばらくすると尿意を催したので切りのいいところで仲間に一言告げてトイレへ向かうことにした。  そのとき廊下に出て、改めて違和感を覚える。  昨日と同じものだ。二日連続の事態に少し恐ろしいものを感じる。仲間を待たせているので早くトイレへ行ってゲームに戻らなければいけないのだが、気になってしばらくの間、廊下を検分してみた。  昨日と同じ光景が広がっており、何も原因は見当たらない。  原因を突き止めることを諦め、用を足してゲームに戻った。 「随分遅かったじゃん、お腹でも壊したのか?」  私は思ったより長時間廊下にいたらしく、仲間がボイスチャットで心配をしてくれた。 「いや、違うの。その、昨日から夜廊下に出ると違和感があって……それが気になってしばらく廊下に居たのよ」 「廊下ってお前んちの?玄関から真っ直ぐになってるやつだよな?」  うちにきたことのある仲間が言った。 「そうなの。どこにも異常はないんだけど、すごく嫌な感覚があって」 「おいおいそれって心霊現象ってやつじゃね?お前んち事故物件〜?」  もう一人の仲間が茶化してきて、それにドキッとした。 「いやいや、うちは普通の物件よ。特に安かったとかもないし」 「本当か〜?」 「やめてよ、とにかくそういうんじゃないってば」 「でも事故物件も間に一人挟めば事故物件じゃなくなるらしいじゃん?」 「最近は事故物件かどうかインターネットで調べられるらしいぜ」  そう言われ、事故物件を調べられるサイトを教えられたので恐る恐る自分の住所を入力してみる。  検索結果は0件。付近にもそれらしい物件はない。 「ほら事故物件じゃないよ、うちは」 「そっかあーじゃあなんなんだろうな?」 「廊下にじゃなくて玄関の外に何かあるんじゃねえの?」 「玄関の外?」 「なんとなくだけど。廊下に原因がないならそこかなって」  玄関の外。それは考え付かなかった。確かに玄関から続く廊下に原因がないなら、その外に何かあるのかもしれない。  そう考えると恐ろしくて、居てもたってもいられなくなってくる。 「ちょっと、怖いじゃない……」 「悪い悪い、でも女の子の一人暮らしだし防犯上も確認しておいた方がいいかなって思ってさ」  仲間が心配そうに言う。私は意を決して玄関の外を確認しに行くことにした。 「私、ちょっとみてくる。十分経っても戻って来なかったら通報してくれない?」 「いいけど、気をつけろよ」  ゲームの仲間たちはそれぞれ居住地がまちまちで一番近い仲間でも隣県住まいだ。近所に住んでいたらきて欲しいけれど、そうもいかないので一人で確認することにする。  念のため、すぐに通報できるように「110」番を押してあとは通話ボタンをタップするだけにしたスマホを持ち、玄関へ向かった。  玄関の扉を開く前に、ドアについている覗き穴から外の様子を確認しようとする、が。  真っ暗で何も見えない。  月の明るい夜なのに。  すると玄関の外から、 「キャハハハハハハハハハハハ!気づいた!気づいた!ずっとみてたの気づいた!キャハハハハハハハ!」  と女の声が聞こえてきた。びっくりして固まっていると微かな物音がした後、暗闇がすうっと引くのと同時に蓬髪で青白い顔をした女の顔が見えた。その顔は醜く歪み、笑っていた。  彼女はずっと玄関の覗き穴を外側から覗いていたのだろう。毎晩、何時間も。だから覗き穴を通して外から差し込むはずの月の光が無く、私は違和感を感じていたのだ。  私は急いで警察に通報した。しかし女は私が気づいた次の瞬間にはどこかへ向かって走り出しており、到着した警察官が女を捕まえることはできなかった。  私は引っ越すことを決めた。
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