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鍋島の言葉は、相変わらず小難しい。俺は苦笑を浮かべ、外から来た俺と同じくらい冷たいミヤの手を握り返した。
「俺も、悪いことしたとは思ってないよ」
悪いのは田宮だ。弱みにつけ込み、五年もミヤの心身を傷つけ続けた。
「人殺しだね、あたしたち……」
ミヤは泣き笑いの顔を、白い布団の中で立てた膝にうずめた。
晩秋の冷たい海で救助されたミヤは、この診療所で流産の処置を受けた。自殺するつもりだったかどうかは、自分でもわからない。何も考えられないほど追い詰められ、「田宮に言われたとおりに」やつの部屋から直接海に向かったのだという。
処置が終わり、個室に移されたミヤは、衰弱した体でずっと泣いていた。
「赤ちゃん、殺しちゃった……ごめん……ごめんなさい……」
まともに顔を合わせるのは五年ぶりだった。おずおずと病室を訪れた俺は、「昔のことをちゃんと謝りたい」とミヤに頼まれ、ここに鍋島を呼んだ。
「二人には知られたくなかったの……でももう、隠しておけないもんね……」
涙で声を詰まらせながら語るミヤの告白を聞き、俺が感じたのは怒りだった。その矛先は、田宮と、そばにいながら何もしなかった自分自身だ。
拳を震わせていた鍋島もたぶん、同じ気持ちだったのだろう。
「田宮……殺してやる」
俺の呻きに、鍋島は深く顎を引いた。
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