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1.酒場の女
街外れにある酒場の前でひとりの老人がきょろきょろと辺りを見回している。汚れて元の色がわからなくなったようなローブを羽織っており顔はよく見えない。どうやら何か探し物をしているようだ。
「あらお客さん、何か探し物かい?」
声をかけたのは艶やかな黒髪を頭のてっぺんで結い上げた女。二十代半ばぐらいだろうか。老人はこの辺りで大切なものを落としてしまったのだという。
「いいよ、一緒に探してあげる。店が開くまでまだ時間あるしね」
どうやら女はこの酒場で働いているらしい。二人はしばらく地面に目を凝らしていた。
「あ、これじゃないかい?」
女が手に持っているのは小さな麻袋。荷台の下に入りこんでいたのを見つけたという。
「おお、これじゃこれじゃ。こんな大事なものを落とすとは儂も耄碌したもんじゃのぉ」
老人はそう言って呵々と笑い何か礼をしようと女に言った。
「いいよいいよ。そうだ、じゃあうちの店で一杯飲んでいってよ」
女はそう言って店を指差す。
「私の名はダニラ。さ、入りなよ」
老人はたっぷりと金を払い、ダニラは給仕の合間に老人の元に来てはエールを注ぎ骨付き肉のシチューを振舞った。仕事が一段落すると老人の前にエールを持って座る。
「ふぅ、今日の仕事はもう終わり。一緒に飲ませてもらっていいかい?」
「おお、もちろんじゃ。せっかくだから旅の途中で仕入れた話でもしてやろう」
そう言って老人は今まで訪れた様々な街や村の話を面白おかしく話して聞かせた。
「へぇ、いろんなとこに行ってんだ。羨ましいことさね」
「ダニラさんはずっとこの街にいるのかい?」
老人の問いにダニラは一瞬表情を曇らせる。
「んー、違うよ。元はもっと山の方にいたんだ」
「何かわけありのようじゃの。よかったら聞かせてはもらえんか」
ダニラは「身の上話なんか聞いて面白いかねぇ」と笑いつつも、まぁたまにはいいかとその数奇な運命を語った。
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